交換条件
「……ええ、もちろん」
サーミャの言葉は聞こえなかったのか、あるいはそうすることにしたのか、マリウスはそう言って頷いた。
アンネが言った「我々」とは、帝国のことではなく、俺たち家族、つまりエイゾウ工房の皆のことだろう。
実は俺たちは普段からそれなりに恩恵を受けている。俺みたいな「北方から来た」以外の情報が無い人間を、謎のまま謎の住処に置いておく理由はあまりない。普通に怪しいにもほどがある。
本来なら捕縛して北方に送り返すなり、街に住まわせて管理下に置くなりしてもおかしくはない。
まぁ、王国中、いや近隣地域を見渡しても、うち以上に秘匿できてかつ安全な場所がないので人を隠すには都合がいいだとか、チートの手助けがあっての話だが、この世界でも指折りだろう鍛冶の腕があっても専属同然に製品を供給しているだとか、持ちつ持たれつの部分があるのも確かだ。
だが、それでも政治のあれこれにあまり巻き込まれることなく(全くないわけではない)やってこれているのは、マリウスとカミロが止めてくれているからに他ならない。
侯爵もマリウスの機嫌を損ねるとうまくないから、マリウスが強めに言えば聞いてくれているのだろう。なんせ今は縁戚らしいし。
可愛がっていた若手が名実共に身内になったとなれば、より一層甘くなるのは仕方ない。
まぁ、それも全く打算がない話ではないだろうけど。
ともあれ、俺が色々煩わされることなくいられるのはマリウスとカミロの助力あってのことなのは間違いない。
その時点で既に恩恵はあるのだから、これ以上貰わずともいいのだが。
でも、これを口にするのは非常に、なんというかマズい気がする。
ここ最近は口を酸っぱくして、ほぼ家族全員(つまりはサーミャ以外)から「得られる利益は可能な限り得ておけ」と言われているし。
なので、見返りを要求するアンネにも俺は何も言わずにおく。
「まず、帝国には山間の土地でも育ちやすい作物の種をお譲りしましょう」
「いいんですか?」
アンネは目を丸くした。山がちで平地もあまり肥沃ではないらしい帝国にとってはかなりいいものだろう。純粋に国力を増強できる可能性が高まる。
「もちろん。ただ渡すだけでもないですからね」
「というと?」
アンネが聞くと、マリウスは侯爵のほうを向いた。侯爵は鷹揚に頷く。
「共和国の動きが怪しいんですよ」
「へえ」
共和国は王国とも帝国とも国境を接している国だ。これはインストールの知識だ。
アンネは僅かばかり眉根を寄せつつ、マリウスに聞いた。
「王国や帝国とは中立を維持してましたよね?」
「ええ。そのはずなんですが、どうもこのところ兵を集めているらしく」
「それにしたって武器や鎧が必要でしょう? 共和国にはあまり備蓄がないのでは?」
「その通り」
スラスラと会話を進めていたが、俺は目を白黒させていた。そんな機微情報まで王国や帝国には漏れているのか。
これは両国の情報収集が優秀なのか、共和国が甘いのか、はたまたその両方か。
「ああ、それでですか」
アンネが納得したように言った。俺たちの頭上には変わらずクエスチョンマークが浮かんでいる。
「ええ。帝国には保険として、武器を供与することになっています。もちろん、〝デブ猫印〟のね。そして、今回貴女が協力する見返りとして、下支えのための種と言うわけです」
ウインクしてみせるマリウス。アンネは少し困ったような顔をして、笑うのだった。
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