渡すべきもの

「それで、私は何をすれば?」

「ああ、何か特別なことをする必要はないですよ」


 アンネの質問にさらりとマリウスが答え、アンネは目を丸くした。


「貴女には『第七皇女』としていてくだされば、それで」

「どういうことなのか伺っても?」


 マリウスは頷いた。今度は侯爵のほうを見なかったから、この話をするのは最初から織り込み済みだったことになる。ということは、今回の真に核心部分の話だろう。

 それを察したのか、アンネは居住まいを正した。


「本当に単純な話なのですよ。この場で一番偉いのは……?」

「私でしょうね」

「ええ。こちらも〝上〟の者は臨席しますが、貴女は客人だ」


 アンネの表情がほんの僅か――俺たち家族でないと気づかないくらいに僅かに――表情を歪める。


「事を大きくする、という目標だけなら別に貴女が騒ぐ必要もありません。送る予定のものそのものではないですが、同じ工房の製品の偽物が見つかったその場に帝国第七皇女がいるとなれば、勝手に事は大きくなります」

「他の工房のものを調達するという話にはなりませんか?」

「そうなったら……」


 マリウスがそう言って場が静まりかえった。皆次の言葉を待っている。


「カミロに少し泣いて貰うしかないですね」


 微笑むマリウス。俺は思わず身体のバランスを僅かばかり崩した。カミロは非常に大きく苦笑している。

 マリウスは俺のほうに向き直った。


「エイゾウにも悪いんだが、もし他所のを調達するとなったら、そうする。今回の大目標は偽物騒動について堂々と調べを開始できるようにすることだからね」

「俺は構わんぞ」


 カミロの儲けが一時的に減るだろうことは想像に難くないが、そうなったとしても彼のことだ。すぐに別なところへ売ってくるだろう。

 うちにしても、1回の納品がフイになったところで家計に対してのダメージはない。もしそれで時間が出来るなら、その間にやっておきたいことはたくさんある。


「安心したよ」


 マリウスはそう言って再び微笑んだ。心底ホッとした表情ではないのは、ある程度俺の回答を予測していたからだろう。

 決して侮っているとかではなく、単純に信頼だ……と思う。友達だからな。


「まぁ、でもそういうことにはならないと思うよ」

「そうなのか?」


 俺に向けて続けられた言葉に、俺は質問で返した。マリウスは小さく頷く。


「エイゾウ達にはつまらないことだと思うけど、一度渡すと決めたものは全部がダメだったとかでも無い限りは、言ったものを渡さないとこちらの沽券に関わるのさ」

「なるほどねぇ」


 確かに俺たち市井の人間にはあまりない感覚かも知れない。あるブランドの製品で偽物が見つかったら、他の同じブランドの製品にも偽物がありそうだと思ってしまいそうだが、この辺は国同士のやりとり上、そういうものなんだろう、と俺は思うことにした。


「では、私のすべきことは理解しました。それに対する見返りも」


 ニコリと、少し怖い微笑みを浮かべるアンネ。次に出てきた言葉は、なんとなく予想がついているものだった。


「それでは、『我々』に対するものについて、ご説明いただけますか?」


 今後の動きはそれ次第だぞと、言葉にも表情にも表れているアンネ。俺たち家族はゴクリと生唾を呑み込むのだった。

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