帝国の皇女
「私ですか?」
アンネはキョトンとした顔のまま言った。マリウスは頷く。
「こう言ってはなんですが、貴女は未だ帝国第七皇女の身分であらせられる」
「ええ。そうですね。少し忘れたい身分ですが」
アンネはハッキリとそう言った。
明らかに非公式でそれなりに秘密であろう――特に隠蔽工作もなにもしていないのでバレバレだろうが――話で、これだけ内密の話をした以上、ここでの話は誰も外に持ち出すことがないことが基本的には保証されている。
それに、会話の録音が出来るわけでもないから、文書にでもしないと最終的には言った言わないにできるとはいえ、皇女がそれを言い出す意味をアンネが理解していないはずもないのだが。
特にいつもとは違ってカミロやマリウスだけではない。この場には侯爵もいるのだ。彼にとって今の言質が取れたことは大きいんじゃなかろうか。
なんせ帝国の皇女が自分の立場を捨てることを考えている、ということなのだから。
アンネが本音でそれを言っているのなら、正式に王国で暮らせるようにする手段は何が何でも見つけてくるだろうな。
だが、誰もその言葉尻を捉えてどうこうするつもりはないようで、カミロも侯爵も顔色を変えることなく、マリウスが続けた。
「つまり、使者よりは格が上なのは間違いないわけですね」
「まぁ、兄様姉様が来ない限りはですけどね」
アンネは第七皇女である。つまり姉だけで上に6人いるわけだ。確か2人までは名前を聞いたが、兄も多いのだろう。
そして、彼ら彼女らは有り体に言えばアンネよりも偉い。乱暴だが帝位継承権の順に偉いらしいので、アンネに弟がいれば彼女より偉いはずだ。
「来る可能性は?」
「あまりない……はずですけどね」
そう言って、アンネは大げさに肩をすくめた。彼女がうちへ来たのは交渉のためだったことを考えると、第六皇女が来ても不思議ではなさそうだが、あれはレアケースだったぽいからなぁ。
帝室の人間がホイホイと外に出てきたりはしないのかもしれない。……皇帝陛下ご自身を除いて、だが。
「では、とりあえず考えないでおきましょう」
ふっと柔らかくマリウスが微笑む。その瞬間だけ、場の空気が緩んだ。
「手っ取り早く言えば、貴女には帝国の立場から事を大きくして欲しいんです」
「それは帝国にとって何の利益が?」
スッとアンネの目が細くなった。うちの家族になる前、時々俺に見せていた表情。獲物を見つけた猛禽のようだなと、俺は思った。
アンネの言っていることは至極単純だ。アンネが事を大きくすれば、それを錦の御旗にできるだろうが、帝国皇女の後ろ盾を王国内のゴタゴタで持ち出すということは、ゴタゴタで発生する責任の一部を帝国が負うということになりかねない。
であれば、当然それなりのメリットがなくてはならない。無償でやっていい話でないのは明らかだ。
「そこは当然見返りをご用意しますよ」
「もちろん、『我々』にも、ですよね」
お互いにニコニコと笑いあっているマリウスとアンネ。見た目にはほのぼのとした話し合いなのだが、これはどう見ても――。
「蛇と鷹が睨みあってんな」
ボソリ、と聞こえてきたサーミャの言葉に、俺たちはこっそりと、しかし深く頷くのだった。
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