都にて
目立ちはしたが、そこそこの速度で走っていたこともあってか、都の入り口に辿り着くまで特に声をかけられることもなかった。
道中で俺はクルルの手綱を握っているリケに声をかけた。
「なあ」
「どうしました?」
リケは俺のほうを少し振り返る。
「何台か速い馬車がいなかったか?」
「そういえば……」
速いといっても荷物が満載の馬車を牽く荷馬なので限界はあるが、向かいからやってくるときの相対速度が速かったり、逆に追い抜くときには時間がかかる馬車が数えるほどだが何台かあったように思う。
「確かに、クルルならすぐに抜けるはずなのに、少し時間がかかったのがありましたね」
「だよな」
「あ、もしかして、ついにですか?」
「多分な」
俺は頷いた。リケと俺は同じことに思い至ったはずだ。
今俺たちが乗っている荷車には簡素だが、板バネを利用したサスペンションが備わっている。
我がエイゾウ工房の竜車が速いのは、もちろんクルルの力が一番だが、それを下支えしているのがサスペンションだ。
王国内の街道はあまり舗装されていない。道行く人々によって踏み固められ、多少の整備らしきこともされてはいるが、馬車で走ればガタガタと揺れに苛まれることになる。
その原因である凸凹を吸収して揺れを軽減し、乗り心地を良くすることはもちろん、荷車を進みやすくしてくれるわけだ。
そして、サスペンションの技術はカミロに教えてある。なるべく歴史を先取りしたようなものは広めたくないのだが、サスペンションについては板バネの技術自体は単純だし、さほど先取りしすぎないだろうと判断して、彼がそれで商売できるようにしたのだ。
前に聞いた時は量産までもう一歩らしかったが、今日の様子を見ているとどうやら軌道に乗り始めたらしい。
そのうちクルルが追い越すのに苦労する日が来るのかも知れない。そのとき、どうやってクルルを慰めてやろうかなと俺は考えた。
竜車はサスペンションの恩恵を受けて街道を都へ走る。まだ今のところ、クルルのご機嫌を取る必要はなさそうだ。
街道に石畳があらわれた。都が近い証拠だ。軍事的には首都に続く道が通りやすいのも守るには都合がよろしくないのだろうが、威信やメンツなんかを考えれば、都のそばが未舗装とはいくまい。
不規則にガタガタと言っていた荷車は、ゴロゴロとスムーズな音に変わり、走りやすくなったことを主張しはじめる。
「もうすぐね」
ディアナが誰に言うともなく呟くと、俺たち全員が頷く。何が起きているのか分かるのは結構先なはずだが、緊張が荷車の上を支配する。
と、そこへ、
「どうもー!」
大きいがのんびりとした声がかかった。行く先の道の脇、そこから発されたようである。
声の主は女性で、俺たちには見覚えがあった。
「カテリナさん!」
俺が挨拶を返すと、家族は皆彼女に手を振っていた。カテリナさんはそれを見るや、竜車に駆け寄ってくる。かなりのスピードだ。
リケが手綱を操って、少し速度を落とした。カテリナさんが飛び乗るにはそれで十分で、ひらりと舞うように荷車に飛び乗ってきた。
相変わらず素晴らしい身のこなしだが、使用人さんでこの身のこなしが必要かと言われたら……
「今回は運ぶものがものですからね! 森までお迎えに行こうかと思ったんですが、入れ違いもまずいので!」
「なるほど」
「リケさん変わりますね!」
「え、ああ、ありがとうございます」
凄い勢いで話し始めて、リケから御者台を奪っていた。そして、都の全景が見えるかなという頃に、カテリナさんが何か知っているかそれとなく聞いてみる。
「まぁ、ちょっとマズい感じにはなってます!」
どうやらそこそこ知っているようだが、そう言って濁された。と、なればこれ以上聞いてもダメだろうな。
「そういえばこの間ですねぇ……」
まるでラジオであるかのように、最近あったことを話続けるカテリナさんの話を、俺たちは気もそぞろに大人しく聞いているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます