都の暗雲

 都の入り口は、カテリナさんが懐から出した木札ですぐに抜けることができた。

 今このときだけ、この竜車はエイムール家のものである。御者がエイムール家の使用人で、通行証を持っているのだから、他に説明のしようがない。

 そんなわけで、そこそこ早い時間にも関わらずなかなかの長さだった列も、やや恨みがましい目を向けられながらもすっ飛ばしている。


 うーん、今はちょっと急ぎみたいだから仕方ないとして、わりとどうでもいいとき(本当にどうでもいいときはそもそも都に用事がない)にこの視線を向けられてまで、優先してもらって都に入ろうとは思わないな……。

 これも元日本人的な発想なんだろうなぁ。あんまり変な風に思われても困るし、この辺のことはあんまり言わないでおくか。


 竜車はなかなかのスピードで都の道を進んでいく。都であっても走竜の牽く車はそうそう見かけるものではないので、注目を浴びながらも一路、内街――主に貴族が住む、二重壁の内側の街区――へ向かっていった。


 内街でも多少の注目を集めたが、いきなり「売ってくれ」だのと言い出す非常識な輩はここにはいない。

 御者をしているのが新進気鋭で侯爵にも繋がっている伯爵家の使用人だということも多少手伝っているだろうが。


 程なくして、竜車はエイムール邸に入る。すると、すぐにマティスがやってきた。無愛想で言葉少なだが気の利くやつだ。エイムール家の馬番をしていて、魔物討伐隊の時に知り合った。


「よう」


 そう言ってマティスは片手を上げて挨拶をする。

 ただし、顔は笑っていない。これでも本人的にはかなりフレンドリーな態度なのだが。


「おう、すまんが頼んだぞ」


 俺はそうマティスに返した。頼むのはクルルとルーシー、ハヤテのことだ。マリベルは今、ヘレンの懐で姿を消して大人しくしていて、マティスはその存在に気がついていない。

 道中も隠れていて貰ったが、それはさすがに精霊を大衆の耳目にホイホイ晒すのもなと思ったからだ。

 マティスに見せないのは彼の心労を慮ってのことである。表情が少ないだけで、嘘つくのヘタそうだし、余計な情報は知らずにいた方が彼にとっても良かろう。


「もちろん」


 少しぎこちなくマティスは笑って頷いた。勿論、彼にとっては最上級の笑顔である。

 俺たちは〝神竜の爪〟を入れた箱と一緒に荷台から降り、クルルとルーシー、ハヤテとほんの僅かな間の別れを惜しむ。

 そうこうしていると、のんびりとした口調ではあるが、先を促すカテリナさんに先導されてしまったので、俺たちは屋敷に入った。


 何度か見たことのある風景。親友の居宅とはいえ、一介の鍛冶屋という立場を考えれば、そう訪れることもないだろうなと思っていたのだが、思いの外どこに何があるか、おおよその見当がつくくらいには訪れてしまっている。


 俺の記憶が正しいなら、今向かっている先は何人か集まれる位の部屋だ。そこで何かの話を切り出されるのだろう。

 あれ、そう言えば。


「そう言えばボーマンさんは?」


 俺はカテリナさんに尋ねた。恰幅が良く、この屋敷の使用人ではトップであるらしいボーマンさん。いつも俺たちを先導してくれていたのは彼だった。

 既に俺たち以外の客人が来ていて、そちらの接遇をしているのだろうか。


「ああ、ちょっと他の〝仕事〟があるんですよ」


 カテリナさんはチラリと俺のほうを振り返ったあと、僅かに眉間に皺を寄せて言った。なるほど、聞いてもいいことは無さそうな気配だ。

 俺は「そうですか」とだけ言っておく。カテリナさんは再び視線を前に戻した。


「入ります」


 俺の記憶にあった扉をカテリナさんがノックする。中からマリウスの「どうぞ」という声が返ってきた。

 カテリナさんが観音開きの扉の片方を開けてくれる。俺たちはカテリナさんに会釈をしながら室内にはいると、大体思っていたとおりの面々がそこにはいた。


 マリウス、カミロ、そして侯爵だ。なんかちょっと「いつメン」みたいになってきているのがやだな。

 挨拶もそこそこにマリウスから着席を促されたので、俺たちは適当な椅子に腰を下ろす。

〝神竜の爪〟が入った箱は卓の上だ。

 俺たち全員が着席したのを確認して、マリウスが口を開いた。


「さて、それじゃあ始めましょうか」

「うむ」


 しかつめらしく侯爵が頷いた。このちょっと面倒くさそうなモードは政治がらみか。まぁ違うとも思ってはいなかったけど。


「おっと、本題に入る前に、それがそうかい?」


 マリウスが卓の上にある箱を指さした。俺は頷く。


「ああ。見てもらってもかまわんぞ」

「そうかい? それじゃあ早速」


 言ってマリウスは箱を手にとり。そっとその箱を開ける。横からはカミロと侯爵が覗き込んでいる。

 カミロはともかく、侯爵はそんな気になるなら開けさせて貰えば良かったのに。


「おお……」


 神様にでも捧げるかのように、マリウスが〝神竜の爪〟を箱から取り出した。

 矯めつ眇めつしているマリウスに、俺は言った。


「一応名もつけた。〝神竜の爪〟だ」

「凄いな、まるで本物のドラゴンから剥ぎ取ってきたかのようだ」


 マリウスが言うと、カミロと侯爵もうんうんと頷いた。


「まぁ、エイゾウの腕は信用してたから、変なものは作ってこないだろうと思ってたけど、素晴らしい。これなら帝国に贈るにも問題ないよ」

「これをあちらさんが突っ返すなら、ワシのところで言い値で引き取るぞ」


 侯爵が言って、場が笑い声に包まれる。だが、それもほとんど一瞬のことだった。


「さて、それじゃあ本題だ」


 マリウスのその言葉に、誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。


「今回我々はオリハルコン製のナイフを贈ることを、その時になるまで秘匿しておこうと思っていた」

「それをもって偽エイゾウのナイフについて調査する足がかり、ってことだったか」

「うん」


 マリウスが頷いた。都あたりに出回っている俺の偽物。このオリハルコンのナイフの話をきっかけに、帝国の人が王国で評判のいいナイフがあると聞いて買ったと話し、さらにそこから「ややこれは偽物」として調査が始まるはずだった。

 調査対象は公爵派。王国の政治派閥では主流ではないが、それでも王の縁戚であるため、そこそこの力がある。

 侯爵やマリウス達、主流派にとっては政敵であるため、一発ダメージを与えておこうという計画だ。

 当然、そんな話の流れになることを公爵派には知らせずにおく予定だった。バレてから強行すれば、今度は逆にオリハルコンのナイフの出処を探られかねない。

 そうなればナイフのくだりは茶番であることがバレ、今度は主流派にとってダメージになりかねない。


 待てよ、ということは……。

 次にマリウスの口から出てきたのは、俺の思った言葉だった。


「その計画が公爵派にバレた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る