水汲みの帰り

 水を汲むと、すぐに家に戻る。マリベルがいて、彼女に頼めば身体が乾くくらい暖かくしてくれるのだろうが、娘に負担をかけるのもな……。

 ということで、今日も水浴びはなしである。また夕方にでもディアナ達が温泉で綺麗にするはずだ。


「そう言えば、マリベルは水に浸かっても平気なのか?」


 水を満載した水瓶を担ぎながら、俺はマリベルに聞いた。

 炎の精霊、と言うからには水に弱いみたいな話がありそうな気がする。RPGじゃないんだから、と言われればそれまでではあるが。


「平気だよ」


 マリベルはあっさりとそう言った。


「何日もかぶってたら弱るけど」

「そりゃ俺たちでも一緒だ。というか、普通に死んじゃうよ」


 諜報機関の拷問でもあるまいし。弱るだけで済むほうが驚異だ。そこは妖精より上位存在らしき精霊であるということか。


「じゃあ、風呂も入れるわけだな」

「風呂?」

「ああ。沢山のお湯だよ。うちは温泉て地面から湯が湧くところがすぐそこにあって、それを溜めてるから、何人かで入れるぞ」

「へー、楽しそう」

「皆は気に入ってるみたいだ」


 昨日はマリベルが来たこともあって、素早くお湯を運んで身体を拭くくらいだったが、ちょっと時間がとれるときは皆でワイワイと湯殿に向かう。

 クルルとルーシー、ハヤテも一緒に行っているが、クルルは一度外で“森のみんな”と共に入り、その後綺麗にしてもらっているらしい。

 俺はと言うと、少し時間をずらして向かっている。晩飯の準備を軽く済ませてからになるからなのだが、気恥ずかしさがないと言えば嘘になる。

 それもあって少し時間が違うのだ。大体俺が入ってすぐくらいに女性陣は出て行っている。俺のほうは男の一人湯だから、身体を綺麗にして湯船で温まったらすぐに上がってしまう。

 どっかで時間を取って昼にひとっ風呂もいいかも知れないなぁ。前の世界ではスーパー銭湯へ行って時折やっていたことだ。風呂上がりのフルーツ牛乳が楽しみだった。この世界ではかなり贅沢な話だろうと思うが。


「ボクも入って良いの?」

「もちろん。だから水が平気か聞いたんだ」

「やったー」


 そう言って飛び回り、喜びをあらわすマリベル。ハヤテが一緒になって飛び回り、ルーシーも駆け回っている。

 クルルはお姉ちゃんであるからなのか、水瓶を提げているからなのか、その様子を微笑ましそうに見守っている。

 精神年齢的には既に成長しているらしいハヤテも、時々ああやって羽目を外すときがある。あれで街へ行く途中は勿論、狩りのときもツンとすましているらしいのだから、そのギャップが可愛らしい。やはり彼女もうちの娘であるのだよな。


「あまり飛び回って木にぶつかったりするなよ」

「しないよー」


 小さくむくれてみせるマリベル。しかし、そう言いながらも飛び回るスピードを落とし、それとなく周囲を気にしている。

“黒の森”の木々は当然ながら人の手が入っていない。狩りに出るときや、森を進むときに荷車が通れるくらいに間隔が広がっているところもあるが、それよりかなり狭くなっている箇所も多々あるのだ。

 流石に人1人分くらいは開いているとは言っても、飛び回ればすぐにぶつかってしまうだろう。精霊の頭にたんこぶが出来るかどうか、確認しないで済むならそれに越したことはない。


 マリベルとハヤテは興がのったのか、2人して辺りを飛び回る。もちろん、木々に激突しないように気をつけてだ。その下ではルーシーが負けじと走り回っている。

 そんな様子を“父親”たる俺は、


「気をつけろよー」


 そう言って、微笑ましく見守るのだった。

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