娘達と湖へ
夕食を終えると、マリベルの手は勿論ベタベタになってしまっていた。ディアナがちょっと嬉しそうにそれを拭いてやっている。
精霊であるマリベルの身体サイズは人間(や獣人やドワーフやエルフに勿論巨人族も)の子供と比べても小さすぎるのでまるで親子のよう、とはいかないがそれに近しいものがある。
マリベルはそれなりに知能は高いっぽいのだが、外見が外見な事もあって子供扱いしてしまう。
生まれたてに違いはないし、本人も今口元を拭かれているが、嫌がる様子も無いので、「ちょっと賢いうちの娘」くらいのつもりで接するのが良いように思う。
うちの娘は皆賢いからな……唯一普通に言葉が通じるのがマリベルだけ、と言うわけだ。
手やら口やらさっぱりしたマリベルは、他の娘達が眠るところへ行くべく、扉を開けた。着いていこうか、とサーミャが声をかけたが、マリベルは「大丈夫!」と宣言する。
まぁ、目と鼻の先であるから、滅多なことはあるまい。何かありそうなら、それこそクルルやルーシー、ハヤテも騒ぐだろう。
闇の中に少しだけ明るく光るマリベルは、そのままふよふよとクルル達の元へと飛び去っていった。
翌朝。冬でも水汲みは欠かさず続けている。一層冷え込みが厳しくなって来て、俺はいつもの服に毛皮を追加している。猟銃でも持てばマタギに見えるかも知れない。猟犬ならぬ猟狼のルーシーもいるし、鷹ならぬ竜のハヤテもいるわけだし。
そう言えば、熊を倒したこともあったな。最初は“こっち”に来て間もない頃だったか。季節も変わらないときのことだ。もう随分と昔のことのように思える。
その次はルーシーを保護したとき。ルーシーの母親を害したらしき熊だった。最初と違ったのは、既にヘレンがうちにいたことで、俺が苦労をしたのはなんだったのかと思えるほど、あっさりと倒せてしまった。
良いことではなかったが、どちらも思い出深い出来事だ。
そんな出来事を思い返しながら、俺は水瓶を担ぐと扉の外へ出た。
「おはよう!」
「クルルルル」
「わんわん!」
「キューゥ」
「ああ、おはよう。皆元気だな」
扉の外ではうちの四姉妹が待っていて、マリベルが元気に挨拶をした。それに合わせて、恐らく同じ事を言っているのだろう、クルルとルーシー、ハヤテが鳴き声を上げる。
俺はそれぞれの頭を撫でてやって、クルルの首に水瓶を提げると、皆一緒に湖へと歩き出した。
「ははあ、それで朝から元気なのか」
「たぶん」
マリベルは火(炎)の精霊だ。今もその身体に煌々と炎を纏っている。しかし、昨晩に家を出たときもそうだったが、そこまで明るさも熱も感じない。
湖への途中でそれを聞いてみると光も熱も、どっちも調整できるらしい。それで娘達は温々と過ごすことが出来たようである。
「調節できないと夜中眩しいし、あちこち火がついちゃうよ」
「それはそうだ」
精霊という存在がどれくらい人々と関わるのかは知らないが、生み出した神かなにか、とにかくそういったものも、上手くやっていけないようにはしていないらしい。
その辺りの意思が介在しているとして、何を目的にマリベルをうちにやったのかはわからない。
もしかしたら、俺たちにとってはよろしくない目的である可能性もある。つい最近、それであまり愉快とは言えない事態になってしまったところなので、ほんの僅かばかりの警戒心が心の隅で小さな信号を送っている。
しかし、湖へ向かいながら、他の娘達とキャッキャとはしゃいでいるマリベルの姿を見て、俺はさしあたり、その信号をそっと無視することに決めたのだった。
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