小さいもの

 朝食はやはり賑やかだった。まぁ、マリベルがいなくても大抵は賑やかなのだが。無発酵パンとスープの簡素だが十分な朝食。マリベルはパンのほうは問題なく食べることができているが、スープのほうはやはり多少難儀するようだ。


「あまりちゃんとしたご飯って食べたことないし」


 と、本人は言っていた。まぁ、精霊が飯を食う、という話も俺は聞いたことがない。

 ジゼルさんたち妖精族は食べていたが、同じ精霊であるリュイサさんはちょうどというか何というか、飯時を外して来るので、一緒に食卓を囲んだことがないんだよな。

 逆に言えば俺たちの知らないところで何か食べてから来ている可能性もあるが。

 俺は前の世界でサラリーマンのオッさんが一人で飯を食ったり、OLが一人で酒飲んだりするドラマを思い出した。リュイサさん、ああ言うのが似合いそうだ。


 朝食をそんな話で終えた後は仕事の準備に取りかかる。火床と炉に火を入れた。マリベルがやろうかと聞いてくれたのだが、自分の仕事なのだしと自分の魔法を使ってやることにした。

 彼女の力もどこかで借りることがあるとは思うので、その時は満を持して貸して欲しいところだ。


 今日はナイフを作っていくことにした。が、今日のメインはカミロのところに卸すもののうち、一般モデルのほうである。

 こっちはリケを中心に、サーミャも歩留まりは多少悪いものの、販売回せるくらいのものが出来るようになってきていて、ディアナやヘレンのもなかなかのものだ。なので、生産量も以前と比べて格段に増えている。

 リディは膂力の問題で、アンネも不器用ではないのだが、いかんせん身体のパーツが大きい不利が多少ある。それでも、いずれそれぞれに合った何かが作れるようになってくれればと思っている。


 つまり、俺も生産に加わることが出来るが、逆に言えば加わらなくても大きな問題はない、ということである。もちろん、何か問題がありそうならすぐに加わるが。

 なので、今日は皆に断りおいて、俺は別のものを作ることにした。


 最初に用意するのは小さな鉄片だ。板金を熱したら、タガネで小さく切り分けていく。かなり小さいので、油断して落としてしまうと見失いそうだ。

 前の世界でプラモデルの小さなパーツを組み付けようとして「パチン」と飛ばし、小一時間探したことを思い出す。そんなパーツに限って「無くてもいいや」と思えるような箇所でなかったりするんだよな。ああいう経験をこっちの世界ではあまりしたくないところである。


 切り分けた鉄片を熱して、小さな鎚(普段は彫刻するのに使っているもの)で叩く。チートの手助けを借りることも忘れない。普段なら結構派手な音がするのだが、今日はコチコチと控えめな音だ。

 つくづく老眼が始まる年齢でこっちに来なくて良かったと思う。まず老眼鏡なり拡大鏡なりを作るところから始めなければいけないところだった。


 とても小さい、というだけで、作るものの形状が変わるわけではない。ないのだが、小さいということはそれだけで難度が跳ね上がるものなのだな。

 元々鍛冶屋の経験なんかないことを差し引いても、チートがなければ手出し自体が難しかったのではなかろうかとさえ思えてくる。


 しばらくして鉄片は形を変え、見慣れた姿になっていた。スプーンとフォークにナイフのセットである。それが数セット分ある。

 もちろん、これらはマリベルと妖精族の人のものだ。


 前の世界ではフォークが利用されはじめたのは思ったより時代が下ってからで、この世界と同じくらいであろう頃にはまだ使われていなかったが、いかなる要素によるものか、この世界ではもう使っているところも多く、庶民間でも普通に利用されているので合わせて作った。


 ナイフは1本だけ余分に作っている。食事に使うものではない。俺たちが懐に忍ばせているものと同じものである。これを用意した意図は言うまでもないだろう。


「わあ! なんだかすごいね!」


 ひらりと宙を舞うように……いや、実際に宙を舞ってやってきたマリベルが言った。


「今日の夕飯からはお前もこれを使って食べるんだぞ。使い方はディアナやアンネに教わるといい」

「わかった!」


 ニッコリ笑うマリベル。名前が出てきたからか、アンネが溶けた鉄を流し終わったあとの汗を一拭きして言った。


「エイゾウも少し覚える必要があるんじゃない?」

「ええ……」


 困惑する俺を他所に、アンネの傍らでディアナがうんうんと頷いている。


「エイゾウの付き合いを考えたら、“そういう場所”に出て行かなきゃいけないこともあるだろうから、覚えて損はないわね」


 そう言ってニヤリと笑うディアナ。俺は肩を落とす。


「お手柔らかに頼むよ……」


 そんな俺の言葉に、鍛冶場の中が笑い声で満たされるのだった。

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