小さな同居人

 このエイゾウ工房のある場所は“黒の森”の中でも魔力が高い。木々があまり伸びないうえ、草花も限定的なくらいに。

 そんなところで表現として合っているかは分からないが、高濃度の魔力を扱い、実際に神々がいる(と言われている)ところで信心深いように見える行動をしていたら、精霊の1人や2人生まれるのも無理はない。

 いや、流石にそんなことはないと思うのだが、今のところマリベルさんが自称していることを信じる以外に対応がない。


「にしても、生まれたてなのに、固有名も知能もあるんだな」


 俺は疑問を口にした。いや、“マリベル”が固有名ではなく、火炎蜥蜴サラマンダー的な種族名で、それを名乗った可能性はあるのだけど。


「あー、そこはね」


 マリベルさんはポリポリと頬を指で掻く。そして、俺たちのやや猜疑心が含まれた視線に気がつくと、慌てて顔の前で手を振った。


「ここで生まれたってのは嘘じゃないよ。ただまぁ、ちょっと語弊はあるかも」

「語弊?」


 俺が言うと、マリベルさんは頷いた。


「うん。生まれたのはそうなんだけど、“前のこと”を覚えてるんだよね」

「死ぬ前……いや、の話か」


 輪廻転生の概念がある(実際にどうなのかは分からないが)世界から転生してきた俺にとってはすんなりと腑に落ちる話だが、家族はどうだろう。

 こっそり様子を窺うと、皆一様に分かったような分からないような顔をしていた。なんとなし「生まれ変わり」の概念自体はわかるっぽい。

 そう言えば、いつぞやディアナとアンネが悲恋系の「生まれ変わっても一緒になる」みたいな話について語り合っていたような。


「そうそう。身体を新しくして生まれてくるから、名前もあるし、ちゃんと話したりも出来るってわけさ」

「その身体ってのが……」

「魔力だよ。この森に樹木精霊ドライアドがいるでしょ? 彼女の場合は“大地の竜”の身体と魔力によって生まれたんだよ。でもその前があったはず」

「じゃ、“大地の竜”が彼女の名前をつけたわけじゃないのか」

「そうだと思うよ。まぁ何百年、何千年前の話だか分かったもんじゃない……おっとこれを言ったのは彼女には内緒だよ」


 そう言ってパチリとウインクをするマリベルさん。しかし、彼女はすぐに居住まいを正すと、ピンと背筋を伸ばした。


「さてさて、それじゃあ後ろのエルフさんも気にしてるみたいだから、ボクの当面の目的を話しておこうかな」


 言われたリディは身を縮こまらせた。家族の間に小さな笑い声が漏れる。


「とは言っても大したことじゃ無いよ。ボクをここにおいて、皆の仕事を見せて欲しいってだけなんだ」

「それだけ?」

「うん。それだけ」


 ニッコリ笑うマリベルさん。何を言いだすかと少し身構えてすっかり拍子抜けしてしまった。


「火をつけたりくらいのお手伝いは出来るけど、それ以上はちょっと厳しいんだ。なんせ“生まれたて”だからね」

「なるほど」


 精神的に大人びている……いや、実際に精神年齢は相当なものなのだろうが、身体は赤ちゃんのようなものってことなのだろう。振るう力に制限があるようだ。


「あ、ボクはクルルちゃんやルーシーちゃん、ハヤテちゃんみたいにご飯はそんなにいらないからね」

「多少は食べられるんですね?」

「ここの魔力なら、まったく食べないことも出来るけど、ちょっと寂しいからね」


 そう言ってマリベルさんはいたずらっぽく笑う。まぁ、1人に満たない食い扶持が増えるくらいなら備蓄は十分なはずだ。


「じゃ、とりあえずよろしく」


 マリベルさんは手を差し出した。俺は指を差し出す。一瞬、焼けてしまいやしないかということが脳裏をよぎったが、そんなこともなくマリベルさんは俺の指を握った。


 こうして、我が家にはもう1人の同居人が増えることになったのだ。

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