炎の子

 その外見は、一言で言えば「燃えているジゼルさん」である。人形のような少女の姿をしているが、燃えている。

 衣服もちゃんと纏っているが、ジゼルさんが比較的今風――この世界においての、ではあるが――なのに対し、彼女はもう少し時代の古そうな、一枚布のワンピースのような服を着ている。

 前の世界で言えば、古代ギリシャの服が近いだろうか。腰の辺りがキュッとすぼまっていて、それはそれでオシャレにも見える。


 さっき彼女からは結構な熱を感じたと思ったが、火床に若干残っている炭に火が移っている様子はない。ただただ彼女が炎を纏っているだけで、さっき感じた熱さも今はない。


「色々伺いたいんですが、ちょっと待ってくださいね」


 俺はその人……いや、明らかに人間ではないだろうが、とにかくそこでニコニコと燃えている人に断りを入れる。

 彼女は勢いよく頷いてくれたので、ヘレンに頼んで皆を呼んで貰ってくる。俺とヘレンの2人だけで話を聞くのもちょっと不安だし、聞く耳と頭は多いに越したことはない。

 とりあえず飲むかどうかは分からないが、お湯の準備をしに俺も少しだけ席を外させて貰うことにした。

 皆が居ないあいだに高温になられると困るが、今の様子を見て大丈夫だろうと判断したのだ。

 そっと家への扉を閉めるとき、彼女が明るい色を発しながらパタパタと手を振っているのが見えて、俺はほんの僅かばかり安堵のため息を漏らした。


 エイゾウ工房の一同が鍛冶場に集合した。居間に通して良いものか分からなかったので、ひとまずは火床の上にいて貰うことにしたのだ。

 うちの皆はめいめい商談スペースから椅子というか、丸太を切った簡易椅子だが、それを持ってきて座っていた。火床がちょっとしたステージで俺たちはその観客のようでもある。


「こんにちは」


 燃える彼女はペコリとお辞儀をした。ますますアイドルのコンサートのようである。

 俺はともかく皆はそんな文化は知らないはずだが、


『こんにちは』


 と声を合わせて挨拶をしている。勿論、俺もなのだが。


「私の名前はマリベル。ええっと、皆さんで言うところの炎の精霊かな」


 そこでフッとマリベルさんは笑った。纏っている炎がユラユラと揺らめく。熱さは感じない。


「精霊……ですか」

「ええ」


 口に出したのはリディだった。マリベルさんは頷く。精霊と言えば、リュイサさんも精霊ではあったな。行動を除けばのんびりお姉さんって感じなので時々忘れそうになるが。


「精霊がこんなところに来ることってあるのか?」


 俺は思わず本人を前にしてリディに聞いてしまった。


「そうですね……。魔物は澱んだ魔力から生まれるでしょう?」

「精霊は純粋な魔力から生まれる?」

「正解!」


 マリベルさんはパチパチと手を叩いた。炎が揺れているので、薪が爆ぜたように錯覚する。


「ここで色々してたでしょう?」

「ええ、鍛冶屋ですからね。鍛冶の作業を」

「魔力も使って?」

「そうですね」


 俺は頷いた。精霊に隠し事をしても無意味だろう。ましてや「ここで生まれた」と言っているのだから。


「ここではよく炎を扱うし、皆さんほとんど毎朝、あの祭壇にお祈りをしてるでしょ?」


 そう言ってマリベルさんが指を差す。その先にあるのは俺が作った簡易神棚だ。俺たち家族全員が頷いた。


「まぁ、そんなわけでここで生まれてしまったわけです。いわば皆さんの子供も同然というわけですね!」


 朗らかに宣言するその言葉に、俺たち全員は顔を見合わせるのだった。


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今回で600話になりました。これも読者の皆様のおかげと思っております。

これからも頑張ってまいりますので、どうぞ応援のほど宜しくお願い致します。

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