炎のかけら
コチコチ、と控えめな鎚の音が静かな鍛冶場に響く。火を入れてないときの鍛冶場はかなり静かだ。
ヘレンのショートソードの歪みはあると言ってもほんの僅かだから、あまり強く叩く必要もない。
叩き、まだ差し込んでいる日の光にかざし、また叩く。少しずつ少しずつ、ショートソードは生まれた時の姿を取り戻していく。
チートのおかげで鎚跡もほとんど残らない。最後にそれでもかすかに残る鎚跡を砥石で均せば終わりだ。
「はい。これでどうだ?」
俺は調整を終えた1本をヘレンに手渡す。受け取ったヘレンは俺から少し離れると、ブンブンと振った。ブンブンと、は比喩ではなく実際にそういう音がしている。
空気すら切り裂いて、“かまいたち”でも起きそうな勢いだ。あの勢いで斬りかかられたら、盾を構えていてもあまり意味はないだろうな……。
よしんば斬撃を盾で防げたとして、衝撃までは防げない。流石にもげるところまではいかないだろうが、折れるなり外れるなりはするかも知れない。少なくとも痺れてしばらくは使えなくなるだろう。
ほとんど腕の力でその状態なのだ。ヘレンにはスピードという、もう一つの武器がある。あの斬撃にそのスピードが乗っかったときの威力がそれこそチート級であることは想像に難くない。
「さすがはエイゾウだなぁ」
しばらくショートソードを振るっていたヘレンが、わずかばかり肩で息をしながら、ショートソードを眺めて言った。
「大丈夫そうか」
「元々そこはあんまり心配してないんだよな。念の為ってやつさ」
俺が改めて調子を確認すると、ヘレンが笑いながら返してきた。俺は苦笑する。それが半分照れ隠しであることは否定できないが。
俺は残ったもう1本を手に取ると、金床の上に置いた。
「なあ」
「うん?」
やはり控えめな鎚の音が響く鍛冶場。普段の大声――多分に職業柄もあるのだと思う――からは想像できないような小声でヘレンが聞いてきた。
「エイゾウはどうなるつもりなんだ?」
「うーん……」
考えながら、ちらっと見るとヘレンの目は金床の上に注がれている。思わず聞いた、ってことだろうか。
「ここに来る前が忙しすぎたからなぁ、ここでずっとのんびり暮らしていけたら良いと思ってるよ」
忙しい、の内容はヘレンの想像が全く及ばないところではあるが、それは如何ともしがたい。チクリと罪悪感のようなものが胸を刺したような気がする。
「偉くなろうとかは?」
「思わないなぁ。鍛冶屋だし。そういうのは俺の手には余る」
「即答だな」
「まぁね」
今でも十分に厄介事に巻き込まれたりしてるからなぁ、とは言わなかった。偉くなってしまうと、今以上に厄介事を抱え込む可能性は上がるわけで、それはちょっと遠慮したいところだ、
「じゃ、ずっとここにいるつもりなんだな」
「そのつもりだよ。世の中がどう言うかは分からないけど、ここは住みやすいし。のんびりしていくには十分だと思ってる」
言って俺はショートソードを陽光にかざした。キラリ、と白い光が青い光を伴って輝く。もうほとんどこれで終わりかな。
俺がここを離れようと思わない理由。それはここの火床や炉、あるいは魔力の話もあるにはあるが、一番は俺がここを気に入っているということ。
そりゃあ、命の危険を感じたこともないではない、というかこの短い間に何度もカウントしたが、それは自然を相手にするときのご愛嬌みたいなもので。
死んだらそのとき、とまでは達観できているわけじゃないけど、それに近い心境もあったりはするのだ。
「じゃあさ……」
もう2~3回も叩くかと、ショートソードを金床においたとき、ヘレンが辛うじて聞き取れるような小声で何かを言おうとした。
俺は聞き取ろうと鎚を振り下ろすのを止める。
その時である。
「え?」
俺はわずかに熱を感じた。普段から感じ慣れている熱だ。しかし、今はそれを感じることはないはずだ。火床にも炉にも火は入れていない。熱源になるようなものは、今この鍛冶場には無いはずなのだ。
何かを言おうとしていたヘレンも、途中で言葉を止めた。
「お、おい、エイゾウ……」
おそらく言おうとしていたのはこの言葉ではないはずだが、ヘレンから溢れてきた言葉は驚愕に染まっている。俺は熱を感じた火床の方に顔を向けた。
そして、俺は思わず目を見開いた。熱を感じた火床には、炎……いや、炎をまとった小さな人間のような姿があったからだ。姿は言った。
「こんにちは!」
「えっ、あっ、こんにちは」
「こんちは」
笑っているかのような声。そこに敵愾心は全くない。警戒すべき場面だろうが、俺もヘレンもすっかり仰天して、普通に挨拶を返してしまうのだった。
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