冬の森を行く
「準備はできたか?」
「おう」
「こっちも大丈夫です」
いつものお出かけ服に少し服を足した状態のサーミャとリケが返事をする。遠くへ行くときの旅装に近いと言えなくもない。
「そう言えば、みんなここに来るときはそんな感じだったな」
元々この“黒の森”に住んでいたサーミャと、帝国から救出したヘレン以外は、大抵ちょっとした旅をしてここに辿り着いている。その時の格好を思い出したのだ。
「まぁ、移動しようと思うとどうしてもね」
そう言ったアンネが着ていたのは、最初はそうは思わなかったのだが、一度見せて貰うと、かなりしっかりした生地で、そのままもっと遠くへ行っても問題なさそうだった。
皇女に下手な服は着せられない、と言うのはまぁあるよな。さすがに皇女を示すような意匠は何も入ってなかったが。
クルルやルーシー、ハヤテに着せたドテラみたいな服を見ながら荷車に乗り込み、ディアナが言った。
「もう少し寒くなったら、モコモコに着込んだほうがいいのかしらね」
「その間はなるべく家に引っ込んでたいところだけどなぁ」
俺は荷車に乗り込みながらそう返す。うちの備蓄もかなりあるし、食料や燃料、材料は一月か二月かくらいであれば耐えられるだろう。
夏みたいに家でじっとしていても変わらないならともかく、籠もっていれば快適であるなら、あんまり出ていくのもなぁ。
ルーシーが自分でピョンと荷車に飛び乗り、自慢そうに胸を張っている。その頭を「えらいえらい」と撫でていたディアナは、その顔をペロリとされると相好を崩した。
ハヤテはクルルの背中に留まっている。ドテラがあるので滑ってしまいやしないかと思ったが、意外と大丈夫なようで、スッと身を縮こまらせてウトウトする体勢に速やかに移行した。
俺たちを乗せて“黒の森”をクルルの牽く竜車が進む。いつものように、といかないのは何だかんだ騒がしい森の中が、今日は静かなことだ。静まりかえる、というほどではないが、鳥や虫の声がかなり少ないように感じる。サーミャに聞いてみると、
「気の早いのが冬ごもりをはじめたかな」
と辺りを見回しながら言った。早いに越したことはない、と考えるものもいるということだろうか。サーミャはぐるりと一通り周囲に視線を走らせたあと、俺の方を見ると言った。
「さっき家に引っ込む、って言ってたけど、うちも早速冬ごもりするのか?」
俺は顎を撫でながら思案する。
「籠もるかどうかは食料だのなんだのと相談ってとこだな。嫌なタイミング……思ったより食料が早く減ってる、なんてところで雪が降ったり地面が凍らないとも限らないから、カミロのところには行けるときに行ったほうが良さそうでもあるんだがな……」
雪そのものも厄介だが、地面が凍ってしまったり、それが溶けたときに泥濘が生まれてしまうとしばらくはロクに動けないだろう。凍った地面と泥濘はどちらも前の世界ではチョビ髭殿の軍隊の進撃を食い止めた猛者である。
そこまでの状況になることはほぼないとはいえ、もしそうなってしまったら、さすがにその猛者たちに立ち向かおうとは思わない。その前に冬営する軍隊よろしく食料をかき集め、“黒の森”での引き籠もり生活に備えたいところだ。
「アタイが見た感じだと今日手に入れる分を含めたら、しばらくは大丈夫だと思うけどね」
そう言ったのはヘレンだ。彼女も新たに手に入れた布を使って新しく仕立てた外套を着ている。ディアナやリディがメインだが、自分でもコツコツ作業したものらしい。
ともかく傭兵の、つまりそれこそ冬営のプロ(多分)である彼女がそう言うのだ、量的には問題ないと見て間違いあるまい。
「何があるか分からないから、なるべく確保しておいた方が良い、ってのにも賛成だけどな」
「ふむ……」
俺は再び顎を撫でて思案する。
「情報の話のついでに、納期の間隔を延ばすんでなしに、森に籠もるかも知れないことをカミロに相談するか」
俺がそう言うと、家族みんなは――リケはクルルの面倒を見ているので無理だが――頷いた。
そして、通るのは今年最後になるかも知れない街道へと、竜車は進んでいくのだった。
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