街道から街へ
街道に出ると、すっかり夏の勢いを失った草原が茶色く広がっている。野盗も動物たちも、身を隠すには不都合な季節だ。
動物はともかく、野盗達はいつ来るかも分からない獲物を、巡回の衛兵達に見つかるリスクを冒してまで寒空の下待ち続けるのは、あまりにもメリットが少なすぎる。
そのため、冬は比較的野盗の発生が少ないらしい、という話をアンネがしていた。
「まぁ、私が知っているのは帝国のほうだけど、王国でもそんなに変わらないでしょ」
と、アンネは締めくくる。
「好き好んで冬に活動しようと思うやつはそんなにいないからなぁ」
ヘレンはそう言いながらも、周囲に視線を走らせて警戒を怠っていない。一か八かに賭けるところまで追い込まれている野盗もいるだろうからな……。
「持っては来たけど、こいつの出番がないに越したことはないからな」
俺は傍らにおいてあるクロスボウを持ち上げた。弦はセットしていない。今の状況を考えると不要そうだからだ。
投槍もあるし、弓の名手が2人いる。接近すれば“迅雷”の双剣に、及ばずながら“薄氷”の俺、“剣技場の薔薇”の剣技、皇女殿下の大剣が迎え撃つわけである。
そして、これを使うことになるリケはクルルの手綱を握っている。これでは出番はほとんどないだろう。
皆も荷車の上で頷いた。
ビュウと寒風が吹く。湖を渡ってきた風ほどではないが、やはり冬の風は冷たい。それでもクルルはしっかりと荷車を牽いていく。
リケが手綱を握っている、とは言え最近はもう半分形だけみたいなもので、何事もなければ「勝手知ったる」と言わんばかりにクルルは自分のスピードで街道を進んでいく。
もし不審なところをサーミャかヘレンが見つければ、声をかけてリケが手綱を操り、クルルがスピードを落とすことになっている。
それも最近ではリケが操るまでもなく自分でスピードを落とすらしい。
では、リケはもう手綱を握らないでいいのでは? と思わなくもないが、万が一の時に指示が出せないとマズいとのことで、リケが担当してくれている。
しかし、そろそろ他の人間も出来た方が良かろうという話は出ているので、いずれ誰かがやることになると思う。
この話が出たとき、真っ先に手を挙げていたのがディアナであるのは言うまでもない。
それはともかく、時折寒風がやってくる以外には今のところ平和な街道を、俺たちを乗せた竜車はのんびりと街へ向かっていった。
「お、あんたらか」
「どうも」
街の入り口にさしかかると、顔見知りの衛兵さんが声をかけてきた。夏や秋口と違い、鎧の上からマントのようなものを羽織っている。
マントには見覚えがある紋章があしらわれていた。言うまでもなく、この街の領主たるエイムール家の紋章である。防寒用途として羽織っているのだろうが、その役にどれくらい立っているのか、寒そうな様子を全く見せない。
もしかすると、彼ら独自の防寒の秘訣とかがあるのかも知れない。機会があったら聞いてみたいところだ。
「寒くなったな」
「そうですねぇ。皆さんも寒さで病を得ないようにお気をつけて」
「もちろん。あんたらもな」
「ええ、ありがとうございます」
いつもは挨拶を交わすとすぐに目を街道にやる衛兵さんが、珍しく季節の挨拶のようなものをしてきた。
それだけこの時期は――“比較的”という前置きが必要だろうが――平和だということだろう。
人通りも少ないのかと思っていたが、予想に反して思ったよりは人通りがある。まだ本格的な冬というわけではないし、今のうちに支度をしておくのは街の人間も同じなのだろうか。
幾分大きくなったルーシーにもこっそり手を振る無愛想な露天のオヤジさんを横目に見ながら、クルルの牽く荷車は人々で賑わう目抜き通りを進んでいくのだった。
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