修理

「むむむむ……」


 クロスボウを前に、俺は唸っていた。クロスボウでの空撃ちが厳禁であることは、前日にヘレンに教えて貰った。

 その厳禁であるはずの空撃ちしてしまって歪みが出ている以上、修理をしなければいけないのだが、その方向性だ。


 一つは耐久力を上げる方向。弦を引きにくくはなるだろうが、器具などで補助すれば問題はないだろう。空撃ちしてしまった時に、少しでも壊れにくくするのだ。

 もう一つはシンプルに普通に直してそれで終わりとする方向。よろしくない、と分かっていて空撃ちをするほど、俺もリケも迂闊ではないつもりだし、気をつけて扱えば、それで問題はない。


 クロスボウは銃のように扱うことが出来るが、銃のように発射可能状態をそこそこ長時間保つものではないらしい。

 発射すべき可能性が生じてから弦を張り、矢をつがえるので、本質的に空撃ちは生じないもの、というようなことをこれまた前日の晩飯の時にヘレンに説明された。

 まぁ、前の世界でも、銃も長く使わないときは弾を抜いて撃鉄を落としたうえで安全装置をかけておいたりするものらしいので、同じと言えば同じか。


 日が明けてから、リケやヘレンと相談し、普通に直すことにした。いざという時、出来れば力だけで弦を引けた方が良いだろうとの判断だ。

 クロスボウは健在なのに、器具が壊れていて使えない事態だけは避けた方がいい、というのがヘレンの意見で、もしここに立てこもる事態にでもなったときの備えを考えれば同意する以外の選択肢はなかった。


「トラップを仕掛けることも考えるべきかな」


 外の木々を眺めながら、俺はなんとなしに呟いた。木々は季節が巡っていることをあまり感じさせないが、入り込んでくる風が冷たい。もう冬と言って良い時期が来ているように感じた。          


「どうだろうな。そもそも天然の衛兵が巡回しているような土地だからな」


 俺の呟きに、同じように外を眺めながらヘレンが言った。彼女の言う「天然の衛兵」とは主には狼たちのことだろう。そこに猪や、ともすれば虎や熊も加わる。

 さすがにドラゴンまでは期待できないだろうが。

 そして、リケが続く。


「リュイサさんは守ってくれないんですかね」

「どうだろうなぁ。俺たちをえこひいきして良いのかにもよるだろうけど。どのみち、彼女がここを守ろうと思うと地形を変えないといけないからな」


 リュイサさんはこの“黒の森”の主ではあるが、直接的な攻撃手段を特に持っていない。そこで、サンドボックスゲームの土地造成だけでダメージを与えようとした場合に、地形を変えるしかないのと同様、彼女もそうする必要がある。

 当然、それはこの森にとって良いことではない。そうまでして守る価値があると判断しているなら、そうしてくれるだろうし、そうでないならしないだろう。

 できれば地形を変えてでも、と思ってくれていればいいんだが。温泉のついででもいいから。


「さて、それじゃ始めましょうかね」


 俺は一伸びした。リケは自分の作業に、ヘレンは他の家族と一緒に外に出た。今日は森のパトロールではなく、畑の手入れ……というか、今年最後の収穫をするらしい。

 冬に育てられるものもあるらしいし、そもそも季節を問わずに育つエルフの種子ではあるが、あまりその事実を広く知らしめ過ぎないためと、土を休ませるために冬の間は休耕するらしい。

 連作障害はなくても、養分とかの問題はあるってことだろうか。

 ともかく、外からワイワイ(時折クルルルルやワンワン、キューも)と聞こえてくる中、俺はクロスボウの弓部分を外し、火床に入れるのだった。





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