クロスボウの修理は程なく終わった。歪んでしまったところを戻すだけではあるのだが、直そうと思ってホイと直せるものでもない。

 しかし、俺の場合は“手助け”がある。それでもホイホイ直せるほど気軽な話でもないが、一般的な修理とは作業速度が違う。


 そうして直したクロスボウだが、なんとなく試し撃ち、と言う気にはなれず、一旦は鍛冶場の隅に立てかけておくことにした。機構そのものが正常に動作することもリケが扱えることも確認は済んでいる。問題はあるまい。

 どことなく前の世界の銃大国で自衛用に置いてあるショットガンのような雰囲気を感じる。実際に行ったことや見たことがあるわけではないので、完全にイメージだけだが。

 まぁ、次に遠出するか街へ行くときまでは、本当にその役目を果たして貰う感じではあるのだが。

 俺は窓から少々騒がしい外を眺めて言った。


「外、寒いかな」

「朝方はどうだったんです」

「寒かった」


 リケの言葉にそう返すと、リケは笑った。

 朝方、娘たち3人と湖へ行ったのだが、これまでいつもしていた水浴びをする気には全くなれないくらいには寒かった。まだ息が白くなるほどではないのが救いか。

 温泉の建設には手間も時間もかかったが、急いで良かった。少なくとも寒さを理由に身体を清められない、と言った事態は発生していない。むしろ、毎日積極的に入っているくらいだ。

 まぁ、鍛冶場が暑かったり、身体を動かしたりで汗をかく機会は多いから、当然と言えばあまりにも当然なのだが。


 ふと、排水用の池……というよりは最早、動物たちの憩いの場になっている「動物温泉」を思い出した。

 何故か狼も熊も虎も、普段は喰らっているだろう兎や鹿がいても気にする様子はない。

 兎たちも、遠目にでも発見すれば即その場を離れるだろうに、あの場所でだけは全ての動物たちに等しく権利があると主張でもするかのように、平気の平左で過ごしている。


 うちから、あの「動物温泉」まではさほど距離はない。建物のあるあたりは魔力が強すぎて、普通の動物は近寄ろうとしない、というのがまだこの家に住んでいなかった頃のリディの説明だった。

 クルルは走竜だし、ルーシーは狼に見えるが狼の魔物。ハヤテも竜の一種ということで、あまり気にはしていないようだ。


 逆に言うと、そういう動物が他にいたら特に気にせずやってくるというわけで……。


「あそこに惹かれてやってくる魔物っていないのかな」


 多少寒さが和らいだ日差しの下、俺は飯を頬張りながら言った。


「土で汚れているので、あまり家で食べるのは……。まだギリギリ外にいられるくらいの寒さだし、この後もまだ作業もあるし」


 と、外に出ていた皆の意見で、外で昼食をとっているのだ。勿論、手は洗ってもらっている。


 肩に留まったハヤテに、猪肉の切れ端を食わせてやりながら、リディが言った。


「どうでしょう。以前お話したとおり、魔物と言ってもルーシーみたいに動物がなるものは、元の動物の気質がかなり影響しますから、どの動物も温泉に興味があるなら寄ってくる可能性はあります」


 自分の名前が出たルーシーが嬉しそうに尻尾を振って、ディアナに頭を撫でられていた。

 魔物には2種類いる。どちらも澱んだ魔力が影響しているのだが、ルーシーのように澱んだ魔力が生物を変性させてしまうものと、ゴブリンのように澱んだ魔力から「発生」する“純粋な”ものだ。


「もちろん“純粋な”魔物もここにくる可能性がある」

「ええ」


 俺が言うと、リディは頷いた。なぜなのかは分かっていないし、“インストール”にも理由はなかったが、純粋な魔物たちは生き物をとにかく殺そうとする。

 温泉がなくとも、近辺で生物が定住しているのはここくらいなものだ。もし近くに発生した場合、目指すのはここだろう。


「ここを要塞化するかはともかく、やはり罠を作っておこう。危害を加えるものじゃなくて、警告や警報を主な役割にしたものがいいかな。不幸な事故は避けたい」


 人も動物もひとっ風呂浴びて意気揚々な時の出会い頭で思わず手が出て、怪我をさせてしまうようなことは、お互いに避けたいだろう。

 かなり今更ではあるが、色々揃ってきて、ようやくこの辺りに思い至るくらいには余裕が出てきた、ということでもある……と思うことにする。


 ヒュウ、とヘレンが口笛を吹いてその目がギラッと光り、アンネが顔を輝かせる。

 俺はちょっとだけ苦笑しながら、


「お手柔らかにな」


 そう言うのだった。

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