故障

 威力については十分……というか、やや過剰なくらいであることは分かった。後は耐久性だ。

 いつまでも末永く使える、なんてことは期待していないが、ある程度の回数使えるようでないと困る。


「……うん?」


 リケが射撃した後のクロスボウを確認してみると、違和感があった。2回しか動かしていないはずなのに、それよりも使い込んだというか、ちょっと考えにくいくらいに傷んでいるような。

 チートの手助けを借りて見てみると、弓の部分に歪みが出ているようだ。


「うーん」

「なにかまずいことでも?」


 俺がクロスボウを手に首を捻っていると、リケが覗き込んできた。


「うん、ちょっとここを見てくれ」

「はい。では失礼して……」


 クロスボウをリケに手渡し、弓の部分を指差した。リケはその部分をためつすがめつしている。

 やがて、眉根を寄せつつボソリとつぶやいた。


「あぁ……これは……」

「歪んでないか?」

「ええ」


 リケは俺にクロスボウを返しつつ頷いた。やはり歪みが出ているようだ。


「多かれ少なかれ、どんどん傷んでいくものだとは思いますけど、普通のもここまで早いものなんでしょうか」

「いやぁ、それだと武器として成り立たないだろ」

「ですよねぇ」


 発射から再装填して再発射まで時間がかかる代わりに扱いやすさと威力があるのがクロスボウの利点だと思うが、2回かもって3回しか使えないとなると武器としては少々厳しいのではなかろうか。

 何でも切り裂けるが、2回斬ったら必ず壊れる魔剣を戦に持っていこうと思うやつはあんまりいないだろう。使いみちがないわけではないが。


「うーん、何かを間違えたかな」

「組み立てとかですか?」

「そういうところじゃないと思うんだよな……」


 組み立ての時点で間違っていれば、鍛冶か生産か、その辺のチートで分かったんじゃないかと思うのだ。それが分からなかったということは、完成するまでの間になにか間違いがあったわけではない。

 とすると、その後の行動だろうか。でもなぁ。


「動かしたのは2回こっきり」

「ですね。それで壊れるようなものではなさそうですし」


 そうして、原因をあれこれ推測していると、


「あれ、2人でどうしたんだ?」


 サーミャの声がした。声のした方を見ると、土に汚れた家族のみんながいる。


「いや、クロスボウができあがったんだが、それよりおまえたちこそどうした」

「え? ああ」


 怪訝な顔をした俺に、サーミャも一瞬怪訝な顔になったが、すぐに自分たちの様子に気がついたらしい。


「珍しく途中にヌタ場があってさ」

「あー」


 俺はそれで事情を察した。ヌタ場とは、猪が身体の汚れや、身体についた虫を落としたりするのに泥浴びをする泥場のことだ。

 ルーシーのほうを見やると、どうしたの? とばかりに小首を傾げているが、彼女もかなり泥にまみれている。

 多分ルーシーが突撃したんだろう。その時の阿鼻叫喚が目に浮かぶようだ。

 パタパタと尻尾を振るルーシー。あまりにも無邪気なので、怒らねばという気はどこにも芽生えてこなかった。


「で、そっちは?」

「え? ああ。これなんだけどな」


 俺が手にしたクロスボウを指差すと、みんなが集まってきた。その中からヘレンがズイと前に出る。まぁ、武器のことなら彼女だろう。


「2回しか撃ってないんだけど、弓のところがもう歪んできてるんだ」


 そう言いながらクロスボウを差し出す。ヘレンは受け取ると、弓の部分を見つめたり、指でなぞったりして確認を始めた。

 ヘレンは歪んだところでピタリと手を止めると、静かな声で言った。


「これ、2回とも矢はつがえたのか?」

「ん? いや、最初は動きを見たくて、矢はつがえなかったが……」


 俺が言うと、ヘレンは小さく息を吐いた。


「それだ。弓はな、矢をつがえないで射ると傷むんだよ。なんでも矢を射る力が弓に全部かかると良くないんだとか言ってたっけな」

「えっ、そうなのか!?」


 俺は驚きを隠さずにそう言った。それを聞いたヘレンが笑う。


「なんだ、エイゾウでも知らないことがあるんだな」

「言ってるだろ、俺はただの鍛冶屋だって。でも、その辺はちゃんと確認しとくべきだったな」


 言って俺はうなだれた。少し慢心があったかも知れない。あれだけの威力の矢を放つ機構だ。その負荷が大きいことくらいは想定してしかるべきだった。


「でも、さすがエイゾウの作るモンだな。2発目まではなんもなかったんだろ?」

「あ、ああ。リケが撃ったが、ちゃんと的に当たったよ」


 俺は的を指差す。ヘレンは目を細めてそれを確認した。


「あの凹んでるのか! やっぱりスゲえな!」


 バンバンと俺の肩を叩いて呵々大笑するヘレン。いつもとは違う肩への衝撃と、褒められてはいるがやらかした気恥ずかしさとで、俺はどう反応して良いか、すっかり困惑してしまうのだった。

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