クロスボウ完成

 翌日。リケが納品物のナイフを頑張ってくれたこともあって、少し時間が稼げたので、俺は今日もクロスボウに専念させてもらうことにした。

 サーミャ達、普段狩りに出ている組も今日も外を回ってくるらしい。パトロールと、今日は薪や焚き付けに使えそうな枝があれば回収してきてくれるように頼んである。


 普段、俺が森の中をついて行くときも、あちこちに枝が落ちていた。いつもは事足りているし、他に目的もあるので拾ったりはしないのだが、手分けして拾えば結構な量になるはずだ。

 今日はクルルも背中に載せるものが多くて機嫌が良くなるかも知れない。ハヤテは少し乗る場所を考えないといけないだろうが。


「行ってらっしゃい」

『いってきまーす』


 皆の声に「クルルル」「ワンワン!」「キュー」と娘達の声も加わる。森の中に皆の姿が消えていくのを見送って、俺とリケは家に引っ込んだ。


 今日はある程度仕上げにかかっていく。機関部を組み込んで、弓を取り付けるところまでだ。

 機関部の組み込みはもう少し削りこんで、機関部をピンで留めれば完了になる。

 本当はネジ止めにでも出来れば良いのだろうが、原理はともかくおいそれと使えるようなものでもない。

 前の世界でもよく使われるようになったのは、旋盤が出来て精度の良いものをたくさん作れるようになってからみたいだし。

 ピンの頭を少し潰して、簡単には抜けないようにすれば特に問題は無かろう。


 何度か機関部になるところを当てて様子を見て、銃床を削り、当てて様子を見て削り、と繰り返す。

 やがて、弓の弦を引っかけるところ、レバー、バネの全てが綺麗に収まるようになった。

 ここまで来たら、後は弓といくつかの部品を取り付ければ完成となる。


 弓は木材と金属の複合も考えたのだが、思い切って鍛冶だけで出来る金属製にすることにした。魔力で硬さと弾性を調整すれば、複合素材に近いものが出来るだろう。

 クロスボウだから多少硬いと言うか、引くのに力が必要でも問題なかろうと言うこともある。


 板金を火を入れた火床で熱し、金床で叩いて伸ばす。このときにチートの助けを借りて、硬さよりも弾力を重視して弓として機能させつつ、ちょっと強くなるちょうどのところを見極める。

 最後に弦を固定するための切り欠きの部分を作れば、弓の部分は完成だ。もちろん、弦を張る前と後では反り返る向きを逆にしてある……といっても、今の状態ではあまり分からないが。


 弓を銃床の先端に取り付ける。弓が上下にずれてしまわないよう、コの字の金具を用意するのだが、その金具にはD字の金具が一緒になっている。これも板金をコツコツ叩いて作ったものだ。こっちは耐久性を重視して作ってある。他にもいくつか、耐久性を重視した部品を作った。

 弓をクリップで留めるように、コの字型の金具と一緒に銃床の先端に複数のピンを打ち付けて固定する。


 D字の金具は銃床の先から生えるように飛び出していて、これは弦を引く時に「あぶみ」の役割を果たしてくれる。ここを踏んで直接弦を引っ張り上げたり、器具を使ったりするわけだ。


「すまん、ちょっと手伝ってくれ」

「はい」


 俺はリケに声をかけた。ここからの作業は1人で出来ないこともないが、手助けがあった方が遙かに楽だからだ。

 サーミャに見つくろってもらっていた、特に強い弦(樹鹿の腱を加工したもの。鹿なのは猪と比べて脚が長く、つまり腱も長いからだそうだ)を弓の片方に固定する。今は前方に反っている弓を、逆方向に反らせつつ、もう反対側に固定すれば出来るのだが、無論生半可な力で出来るようなものではない。


 だがしかし、筋力が増強されている俺と、ドワーフのリケ、2人がかりならなんとか出来るだろう。


「よし、やるぞ」

「はい! 3、2、1!」


 タイミングを合わせて引っ張り、片側が反対に反り返ったところで、素早く弓が縦になるようにする。

 2人がかりで体重をかけ、反発を俺が抑え込んでいる間に、リケがもう片方の切り欠きに弦を固定した。


「おおー」


 とうとう銃床に弓を取り付けることができた。あぶみも機関部も組み込まれて、形としてはクロスボウが完成している。


「助かったよ、ありがとう」

「いえ、弟子の仕事としては普通なので」


 俺が感謝の言葉をかけると、リケは笑って言った。


「さてさて、あと一歩だな」

「これで完成じゃないんですか?」

「まぁ、これで完成、と言っても良いんだけどな」


 あと2つ3つ、すべきことがあるのだ。


 俺はまた板金を熱して加工した。機関部の弦を固定するところを覆う大きさの、靴べらのような形状のものだ。

 リケがそれを指さして聞いてくる。


「これは?」

「弦を引くときに、ズレすぎないようにするためのものだ」

「なるほど!」


 リケは目を輝かせる。この靴べらと留め具の間に弦が入るように引けば、うまく留め具に弦がかかる……はずであるし、不用意に留め具に触れてしまうこともない。

 俺は最後、その靴べらに重なるように、小さな鉤を取り付ける。

 再びリケが俺に尋ねた。


「この部品はなんでしょう?」

「これはな……」


 俺は鍛冶場にあったやや短めの紐の両端に、やはり鉤状の部品をカシメて固定する。鉤縄のようなものができあがった。


「こいつをこうして」


 俺はクロスボウのあぶみを踏んで、弦に鉤縄の鉤を左右に分かれるように引っかけた。


「こうして……」


 鉤縄の縄部分の中心を、クロスボウの小さな鉤に引っかける。両手で持ち上げると、鉤縄はM字になった。


「こうする」


 M字の頂点部分を引っ張り上げる。弦はすんなりではないが、思ったよりも軽く持ち上がった。要は俺の手の部分が滑車の役目を果たして、少し少ない力で弦を引けているのだ。


 俺はそのまま弦を引っ張り上げ、靴べらの下に潜り込ませる。手応えがあって、そっと力を抜くと、弦は引っ張られたまま、形状を維持している。

 緩んだ鉤縄を外し、そっと持ち上げてみてみると、留め金の凹字に弦が入り込んでいる。


「これであとは矢をつがえるだけだな」


 パチパチとリケが拍手をした。俺はリケにクロスボウを差し出した。


「矢がないが、1回試してみてくれ」

「え、私で良いんですか?」

「コイツを主に使うのはリケになる予定だから、リケに試して貰うのがいいだろ」

「確かに」


 意外とあっさりリケは頷いた。試してみたくはあるが、俺の手前、ってとこか。気にしなくてもいいのにな。


 それでは、とリケはクロスボウを受け取り、銃床の床尾を肩に当てる。右手はレバーにかかり、左手は銃床の前方を握っている。「ボウガン」とは、日本で元は商標名だった呼称だが、まさに銃のような弓と呼ぶに相応しい姿だ。


「いきます!」

「おう」


 リケはそう宣言すると、右手にグッと力を込める。レバーが留め金を解放し、音を立てて弦も解放された。

 ビィン、と弦の鳴る音が思いの外、鍛冶場に響いた。とりあえずこれでクロスボウとしては機能する、ということだ。機械的な耐久性とかは追々だな。


「どうだ?」

「すごいです! 初めて使いましたけど、違和感もありません!」

「よしよし、それじゃあ早速試射できるようにしないとな」


 キラキラと目を輝かせながら鼻息も荒く言ってくるリケの頭に手を置きながら、俺は少し苦笑気味にそう言った。


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