構える
機関部を組み込めるようにするべく、彫ったり削ったりを繰り返していると、カランコロンと鳴子が鳴った。
「もうそんな時間か」
作業の合間に昼食を挟んだことは覚えているが、それ以降は自分の作業に集中してしまっていた。窓から外を見てみると、日が落ち始めていた。もうすっかり冬の様相なので、夏と比べれば早いのも当然ではあるのだが。
完全にリケを放ったらかしにしていたことに気がつき、彼女の様子を窺ってみると、かなりの数のナイフができあがっていた。
「おお、凄いじゃないか」
俺はリケに目で確認を取ると、彼女は頷いた。並べてあるナイフの1本を手に取る。見てみると、魔力をこめることで、スピードを上げた分のばらつき(みたいなもの)を抑えてある。一般モデルとしてなら十分すぎる出来だ。
リケは少し眉根を寄せた。
「いえ、親方みたいに実力だけで仕上げられるようにならないと。これは小手先もありますから」
「ナイフとしては十分使えるし、卸しに回すけど良いか?」
「ええ、それはもちろん」
リケは微笑みながら頷いた。ドワーフという種族によるものか、もしくはリケだからなのか、この辺の覚えが早い。仕上げるスピードもかなりあがっているように思う。
「師匠が良いからですよ」
「いやぁ……」
俺は頭を掻いた。基本、見取り稽古しかさせていない――というか、チートによる部分は教えようがなくてできないのだが――ので、忸怩たる思いだ。
「魔力の扱いもかなりできるようになってきたみたいだな」
「いえ、実は今のところ、それくらいが限界で……」
今度はリケが頭を掻いた。リケは最近もちょっとした時間にリディから魔力の手ほどきを受けていた。魔力や魔法について学ぼうとしているのは今のところリケだけで、他のお嬢さんがたはもっぱら剣のほうが大事らしい。
「リディが言うには積み重ねだそうだし、焦らずやっていこう」
「そうですね」
リケがそう言ったところでガチャリと鍛冶場と家の間の扉が開いた。
「ただいま」
「おう、おかえり。みんなも」
最初に入ってきたのはサーミャだ。ディアナとリディの姿が無いが、ディアナは娘たちとまだ外に、リディは畑の様子を見に行ったらしい。
「どうだった?」
俺がサーミャに聞くと、やや思案顔である。
「どうした? なんか悪いことでもあったか?」
「いや、そうでもないんだけど……」
サーミャにしては歯切れが悪い。促してみると、あちこちの兆候から、今年は少し寒さが厳しくなりそうということのようだ。
それは果実の実りかたであったり、うろついている動物たちの様子であったり、俺や他の家族では分からないところからの判断らしい。
リディも同意していた、とアンネがいつの間にか自分で淹れた茶を飲みながら言っていたので、確実と言っていいのだろうな。
「ストーブが活躍する感じか」
俺が言うと、サーミャは頷いた。
「もう何回か様子は見に行くけど、まぁ、あって良かったと思うことになるはず」
せっかく作ったので役に立ってほしいのは確かなのだが、大活躍! となるときはつまりエラく寒いときだということなので、手放しで喜べるもんでもないな。
「とりあえず、薪やなんかは数を確保できるようにしよう。場合によってはカミロのとこへの納品を減らしてもいい。あんまり寒いならどのみち遠くまでは運べないだろうし、それくらいならもう大分売ってきているはずだ」
道が凍るところまでいくかはわからないが、もしそうなれば馬車での往来は絶望的だろう。
あの街での商売、ということになるが、今まで卸してきた数量を考えると売れ行きにはあまり期待できそうもない。
俺の言葉に、リケを含むみんなが頷いた。冬支度はすっかり済んだと思っていたが、まだやることは残っていたらしい。
そういえば、ヘレンが静かだなと思っていると、彼女はチラチラと何かを見ていた。
何かとは勿論クロスボウの銃床部分である。まだ機関部を組み込むにはいたっていないが、単体で構えるには十分なそれが気になっているらしい。
「いいぞ、構えても」
ヘレンは少し身を竦ませた。視線が恐る恐る俺の方に移動してくる。目が合ったので、俺は頷いて促してやる。
「そ、それじゃあ」
そう言って、ヘレンはゆっくりと構える。リケには少し大きめにしてあるが、俺より身長がやや高いヘレンだと思っていたとおり小さいようで、腕を縮めるような構えかたをしている。
「どうだ?」
「ちょい窮屈だけど、構えられないこともないし、いいと思う」
僅かに上半身を屈めていたヘレンは身を起こした。
「ふむ。ヘレンで扱えるなら俺たちでも平気だな」
「じゃあ、私も試してみようかしら」
次に立候補したのはアンネだ。巨人族でうちで一番大きな彼女が扱えそうなら、うちの人間で扱えない者はいないことになる。腕前はさておき。
アンネはヘレンよりもさらに腕を縮めているが、ギリギリなんとかなりそうだ。
俺が言うのは気が引けるが、彼女は大きいのでそれが邪魔になったりしないかと思ったが、そんなこともなかった。
これなら、うちの人間は大丈夫だな。俺はそう思ったが、結局のところ、サーミャもやると言いだし、外から戻ってきたディアナやリディも試したいと、構えてみたりしたので、全員が試すことになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます