銃床

 クロスボウで一番大事な部分が機関部であることは間違いないと思っているが、機関部と弓の部分をつなぎ、直接身体に押し当て構えるための台座――銃で言えば銃床に当たる部分も大事になってくるだろう。


 ここを上手く作らないと、狙ったところに飛ばない、なんてことにもなりかねない。ある程度の誤差は許容されるのも事実ではあるが、前の世界でウィリアム・テルが息子の頭の上においたリンゴを射抜いたのもクロスボウである。

 つまり、それなりの精度を持たせることは可能だということだ。まぁ、「1射目を外して息子を射殺すことになっていたら、2射目でお前を殺すつもりだった」と言っているように、確実なものではなかったのも確かだが。


 ともあれ、台座と言うか銃床は鎚でトンカンやる部分ではない。鍛冶のチートが有効でない可能性は十分にある。生産することにもチートは働くのだが、鍛冶に比べると数段劣るのが実情だ。

 例えば、もし家具を作ることになったとき(実際何回か作っているが)、俺もある程度のものは作ることが出来る。「これなら金を貰ってもいいかな」と思える程度のものが。

 しかし、戦闘ではヘレンのほうが上だし、料理ではサンドロのおやっさんのほうが上なように、世間には俺が作るもの以上の家具を作ることが出来る人間が存在していて、俺はその人には敵わないだろう。


 だが、それを気に病んで腐っていてもしょうがない。うちの家族の中ではガッチリはしていても小さい方であるリケの身体に合わせつつ、他の家族も使えるくらいの大きさというところで作っていこう。


 クロスボウは大量生産の予定はない。もし、10台20台と作るのであれば治具を作って同じものを生産できるようにするところだが、そうではないのでチートの助けを得て寸法はいわゆる「現物合わせ」で行う。

 最初に全体の大きさを決める。リケの肩に床尾になる部分を当て、構えをとってもらう。前の世界でちょっとだけサバイバルゲームに興じていたこともあり、狙撃銃風の構えをさせてしまったが、近しいから大丈夫だろう。

 構えたときの腕の位置を板に軽く刻んで、それよりもほんの僅かだけ大きめに作ることにした。リケには少しだけ大きくなるが、他の家族には窮屈でない程度の大きさだ。


 板に機関部をあてがう。おおよその位置を見るためだ。特にレバーを変な位置に持ってきてしまうと、射撃どころではなくなるので、慎重に決めておきたい。

 レバーが銃床に沿うように配置し、大きさの見当をつけ、構えた時の目印から形の見当をつける。あとは切って加工だ。


 こういうとき、糸鋸があれば細かく切れるのだろうが、ないのでナイフで大まかに切ってから整えることになる。今後出番があるだろうし、糸鋸も作っておこうかな……。

 使うナイフは勿論、愛用の“よく切れる”ナイフだ。それとチートのおかげで、加工自体はスムーズに進んでいく。


 やがて、知る人が見れば上が平らな銃床とでも言うべきものができあがった。いやまぁ用途的にはまさしく銃床と同じなのだけど。

 そこまでで一度リケに構えてもらう。


「大きさはどうだ?」

「ちょっとだけ大きいですけど、構えるのが大変そうとかはないですね」

「重さは?」

「ここに色々乗っかるとして、リディさんでもいけるんじゃないでしょうか」

「じゃあ大丈夫か。とはいえ、ああ見えて割と力あるからな……」


 身体は華奢でいかにもエルフといった佇まいのリディだが、畑仕事をこなし、結構強い弓を扱うところからも分かるように、力が弱いわけではない。

 剣が達者だったり、巨人族だったりドワーフだったり獣人だったり、はたまた筋力が不思議な存在によって増強されていたりと周りが「強すぎる」というだけで、おそらく平均から見れば筋力が強い方ではあるのだ。


「それ、リディさんに言っておきましょうか」

「それだけは勘弁してくれ」


 ニヤリと笑うリケに、俺は苦笑を返した。うちの家族で誰を怒らせてはいけないかという話になったら、ダントツでリディの名前が挙がるだろう。そのランキングの開催自体、怒りを買うので出来っこないのだが。


「本人が気にしてる様子はないけど、触らぬ神に祟りなしだ」

「それは北方の?」

「そうだな。余計なことをしなければ厄介事を抱え込むこともない、って意味だよ」

「なるほど」


 そう言って今度は朗らかに笑うリケ。俺は何か言い返してやろうかと思ったが、それこそ「触らぬ神」であることに気がついて、銃床に機関部を組み込むべく、自分の作業に戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る