彼らの冬

「そういえば、ここらの動物は冬ごもりするのか?」


 夕食後のひととき、俺は茶をすすりながらサーミャに聞いた。生物学的な話が知りたかったのもあるが、そっちは「おまけ」みたいなもんで気にしているのは、


「食料の確保が問題になるかなぁと思ってさ」


 今現在、我が家の食料庫には十分な備蓄がある。家と食料庫を含めた複合的な防御施設として構築すれば、周囲からの補給がなくても1ヶ月ほどはなんとか耐えられるはずだ。武器の補充もできる設備が整っているし。まぁ、最後の方は大分悲惨な事になっているだろうが。

 十分と言っても9人家族ともなれば、消費の激しさはそれなり以上なわけで、クルルやルーシーもほとんど食べないが、それでも体格に応じての消費はあるのだ。

 リケ、ヘレン、そしてアンネのよく食べる組もいれば尚更である。別に食わないほうがいいと思っているわけでもないが。


「うーん、ここらは寒くはなるけど、滅多に雪は降らないし、草なんかが埋もれたりするわけじゃないからな」

「ふむ。一応狩りはできそうか」

「だな。でも、あんまり出歩きはしないから多少苦労することにはなると思う。アタシは1人だったから、あんまり焦ったことはないけど、エイゾウに言われてみれば、人が増えたら必要そうだって思えてきたな。今のうちにちょっと多めにとってくるのはありじゃないか」


 冬眠するほどではないが、動きは鈍るか。寒いと動いたときの消費カロリーは増える。前の世界の軍用レーションでも北欧のはかなりの高カロリーを誇っていたはずだし。

 そうなると同じ距離を移動したとしても、摂取すべきカロリーは増えることになり、摂取するために動くと消費カロリーがと、効率が悪くなっていってしまう。人間がダイエットする場合(この世界ではあまり縁のない概念だろうが)には有効だが、野生の動物にとっては死活問題である。


「狼達は?」

「たまにいるけど、あいつらもあんまり動かないな。固まって寝てるところのほうをよく見る」


 サーミャが言うと、ガタンという音がディアナの方から聞こえてきた。その場面を見てみたいのはよく分かる。前の世界のキツネ村でモフモフのキツネが固まって寝ているところを思い出した。


「狼達の寝てるところは機会があれば見られるとして、少し多めに狩ったとしても食料庫はまだ空いてたよな?」

「空いてますよ。この間、芋を入れたときは十分そうでした」


 答えたのはリディである。彼女は中庭にある畑担当でエルフの種からできる作物を収穫しては食料庫に運んでいるので、彼女が即答するなら大丈夫そうだな。

 獣人たちの風習として「狩りの翌日はすぐに狩りには出ない」という決まりがある。あまり狩りすぎないようにするための配慮なのだろう。この広大な“黒の森”と言えど、すべての獣人が毎日狩りをするようになれば動物の数は漸減していく。それを防ぐためなら仕方のない話だ。

 だが、逆に言えば「間をあければ、また狩りに出ても良い」ということでもある。実際「1週間に2回出ちゃダメという決まりはない」らしい。

 実際そのスパンで出ていくかはさておき、ストーブの製作とクロスボウの合間合間でこまめに行こうということになった。その間もメインの俺とリケは鍛冶場に残って作業しているから、作業スピードが落ちすぎてマズいということもないだろう。多分。


「鹿も猪も、脂を蓄えてるんだろうなぁ……」

「あー、そうだな。動きが遅いのはそれもあるかもな」


 脂肪というのは生命活動の維持にはなかなかに有効なやつなのである。あまりつきすぎたりすればよろしくないが、野生の鹿や猪にメタボの懸念はいらぬ心配というものだろう。

 燻製器、という単語が頭をよぎった。ちょうどストーブを作っているし、改良すれば作れそうな気はする。しかし、これは鍛冶場組の手が空いたらだな……。


「とりあえず、そのへんは任せるから、行くのに良さそうな日があったら教えてくれ」

「わかった」


 サーミャは大きく頷く。俺はそれを見てから、茶を飲み干し、いつものように「先に寝る。おやすみ」と言い残して、自分の寝室に引っ込んだ。


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