ちょっとした成長
少しずつ厳しくなっていく朝の冷え込みと、わずかばかり早くなっていく日の入りが、秋を終えて冬に入りつつあることを示していた。
まだベッドの布団に鹿の毛皮あたりを追加しようと思うほどではないが、いずれそうする日は近そうだ。
森の中の一軒家、気密という概念にはあまり縁がない。ある程度は隙間も塞がれているのだが、あちこちから気温の違う空気が流れ込んでくる。
まぁ、ストーブを使うにあたって酸欠状態にならなさそうなのは朗報ではあるか。暖房の効率は悪くなってしまうが。
今日はそのストーブ作りを続けている。サーミャとリケが本体、俺が煙突。とりあえずは試作のようなものを作り、いつも飯を食べている居間の方で試すのだ。
ガンガン、カンカンと金属同士のぶつかり合う音が鍛冶場に響く。
「親方、ここなんですけど」
時折、リケに尋ねられて教える以外には静かなものだ。サーミャも俺が教えている横でふんふんと頷いているが、言葉は発しない。轟々と炎が舞い上がり、再びカンカンと音が響く。
そんなときである。バタンと鍛冶場と家を繋ぐ扉が開いた。何事かと一瞬手を止めると、そこにいたのはディアナだった。
いや、ディアナだけではない。ディアナの横にいるのは、助けた頃と比べるとかなり大きくなってきたルーシーだ。
「ほら、見てみて」
ディアナはルーシーを前にそっと出した。明るい桃色のウェアを着せられて、尻尾をパタパタさせている。ルーシーのドテラができたらしい。
「ルーシーのから作ったのか」
「小さいし、ハヤテと違って翼じゃないからね。練習にもちょうど良かったのよ」
「なるほど。ここは暑いから一旦そっちで見せてくれ」
「作業は?」
「丁度いい頃合いだし、昼にしよう」
俺がそう言うと、サーミャとリケが頷き、仕事道具を置き場所に戻す。火は完全には落とさないようにして、鍛冶場の扉を閉めた。
肌寒いが天高い空の下、俺達は食事を広げていた。折角なので、クルルやハヤテにも見せてやりたいとの希望もあってのことだ。昼飯は炙った干し肉と焼き立て無発酵パン、スープにお茶というラインナップで、基本的に温かいものばかりなので肌寒さを凌ぐには十分である。鍛冶場組はちょっと前まで暑い中作業をしていたし。
ルーシーは尻尾をフリフリ肉を平らげると、あたりを走り回る。足をドテラにつけた紐のループに通すようになっていて、走り回っても大きくズレる事はなさそうだ。その後をクルルとハヤテが追いかける。
地からはクルルが、空からはハヤテだ。ルーシーは2人の追撃をフェイントも織り交ぜながら、巧みに躱していく。片側にだけつけられた、花のアップリケの可愛らしさと対照的な機敏な動き。
「最近は夕方にあんなのしてるのか?」
俺が夕飯の支度をしている間、家族のみんなは外で涼んだり、剣や弓の稽古をしたりしている。その時、うちの娘さんたちは追いかけっこなりして遊んでいるらしい。
前に時間に余裕があって見たときは、あそこまでではなく、本当にチビっ子達がおいかけっこしているような感じだったのだが。
「こないだアタイも追いかけっこに混じって、ルーシーを捕まえたんだよ」
そう言ったのはヘレンだ。“迅雷”の二つ名を持つ彼女の脚は非常に速い。前の世界でなら、さぞかし有名な陸上選手になったことだろう。人類未踏の記録を打ち立てたかも知れない。
その彼女に追われたら、この森で最速を誇る生物に数えていいだろう狼のルーシーも太刀打ちできなかったというわけだ。幾度となくあった光景のはずなのだが。
「そしたらさあ、突然クルルとハヤテとあんな感じでやりだした。とりあえずアタイ達よりもあっちのほうが重要らしくて、あんまり遊んでくれないんだよな」
ヘレンは若干口を尖らせる。これではどっちが親かわかったものではない。俺は苦笑した。
「ヘレンを負かせる自信がついたらまたやってくれるだろ」
「ルーシーが勝てなかったら?」
「そりゃまた修業の日々だろうな」
「わざと負けようかな……」
「ルーシーだからなぁ、バレるんじゃないか?」
「ぐぬぬ……」
ヘレンはギリギリと歯ぎしりをした。まぁ、子が成長しようとしているのだ、親としては見守ってやろう。
「いずれ堂々と負かされる日が来るさ」
俺はそう言った。その時、ルーシーはどういう選択を取るのだろうか。もしこの家を去ることになったとしたら、それはとても寂しいことだが、同時に喜ばしいことだろう。
そう思いながら、地面を桃色の風のように駆け回るルーシーの姿を目で追うのだった。
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