暖かさの元

 ゴウゴウと火床の炎が舞い上がる中、ガンガン、と板金を叩いて延ばす。俺が今作っているのは薄くて細長い板だ。

 少し離れたところでは、サーミャとリケも板金を叩いている。できないわけではないのだが、サーミャは裁縫があまり得意ではない。主に手の構造の都合なのだが、無理に裁縫をやらせてもなぁ、と思っていたところ、


「サーミャの分はこっちで作っておくわよ」


 とディアナが言ってくれたので、それに乗っかりサーミャはストーブの方で手を借りることにしたのだ。


 ストーブ本体の構造はサーミャとリケに教えておいた。と言っても、前の世界のもののようにキッチリ2次燃焼までしてくれるような複雑な構造ではない。耐熱ガラスの窓もないので、「鋼で覆った焚き火台」、あるいは「口の広いロケットストーブ」のようなものである。

 そして、今サーミャとリケが作っているのはそのストーブ本体部分である。


 で、俺が作っているのは何かと言うと、排気用のパイプだ。パイプの作り方はいくつかある。円柱を作ってからくり抜くように伸ばして穴をあける方法が手っ取り早いし、継ぎ目も少なくて済む。

 問題はくり抜くための道具の長さ以上のものは作れないことで、そこで一旦区切って継ぎ合わせて長いパイプにしていくことになる。


 一方、薄い板を螺旋状に巻いていき、縁を継いでいく方法。これは長さの分だけ継ぎ目が出来ることになるが、理屈の上ではどこまででも長いものが出来るはずだ。

 本来なら継ぎ目の長いこの方法は煙を排出するパイプにはあまり向いていなさそうなのだが、そこはチートの援助を借りれば文字通り水も漏らさぬパイプを作ることが出来る俺である。

 逆に言えば、うちの工房では俺が担当するのが一番良いということだ。


 なので、そのパイプを作るべく、薄く細長い板を作ろうと金床に熱した板金を置いて一生懸命に叩いているわけだ。

 細い金属板の需要がそれなりにありそうだし、うちの作業でも何かと便利なのは間違いないので、圧延機みたいなものを作ってもいいのかなと思うこともある。

 水車動力を使えない我が工房で動力源をどうするのかという問題はあるが、今もこんこんと湧き続けている温泉から湯を引っ張ってくることも不可能ではないし、時々しか使わないならクルルにお願いすることも出来るだろう。

 ただ、前の世界だとレオナルド・ダ・ヴィンチのアイデアスケッチにあったとかなんとかって話で、ギリギリ導入できなくはないのだろうが、この世界だとちょっと新しいんじゃないかって気がするんだよなぁ。

 そのあたりを気にしなければ、何だって出来そうだとは思う。弾丸をどうするかを別にすれば、ハンドガンくらいならなんとかなるだろう。

 ただ、それをしてこの世界に悪影響を及ぼしたくはない。たとえ世界の強制力が働いてそうはならなかったとしてもだ。


 それに今回の場合、圧延機を作ればそれは「均質な金属板を安定して大量に作れる機械」なわけで、ディアナやアンネは外に出すこともあまりないとは思うが、それ以外の客人なりが外に出した場合、軍事力に大きな差が出かねない。

 まぁ、サスペンションも同じく軍事力の差には繋がるだろうが、あくまで間接的なものであって、武器の大量生産につながる(多分)のとはちょっと話が違う、と俺は思っている。

 そう言う国家間の力の差を作ってしまうことも、出来れば避けたいのだ。

 その逆で、例えば勇者と魔王のどっちにも同じ武器を渡してやる、とかならいいだろう。まぁ、そんな機会はまずないと信じたいが。

 そんなわけで、頑張って手作業で板を作っているわけだ。


「ふう」


 ビロンと伸びた鋼の板を木の棒に巻いていく。これ、このままゼンマイに使えそうだな……。前の世界で製麺機で延ばした生地を棒に巻き取っていく映像を見たことがあるが、ちょうどそんな感じである。原理的には一緒か。


「そっちはどうだ?」

「まぁまぁできてますよ!」


 一息入れるついでにリケに声をかけると、朗らかな声が返ってきた。ゴツい金属製の箱のようなものが少しだけ形を見せようとしている。

 その傍らではサーミャが鎚を振るい、同じように形を作っていた。リケのと比べてはいけないのだろうが、そうでなければ悪くないように見える。


「筋が良いな」

「ですよね。手伝ってもらってきた影響ですかね」


 サーミャは時々リケがやっている作業を手伝っている。ちょうど今みたいに、だ。


「そう言えば、この3人だけで鍛冶場にいるのも久しぶりか」

「あ、そうですね」

「なんかめっちゃ昔の気がする」


 俺とリケの言葉に、手を止めたサーミャがあたりを見回して言った。

 静かに、しっかりと音を上げる火床。それ以外には俺たちだけ、というのはディアナが来るよりも前以来の話だ。


「少しづつ増えていって、今があるんですねぇ」

「リケがうちの婆ちゃんみてぇ」

「なっ! ちょっとサーミャ!」


 そう言って怒ってみせるリケ。俺とサーミャが笑い、リケもつられて笑う。さて、ここから増えた家族のためにも、もうひと踏ん張りするか。


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書籍版5巻が一昨日の11/10に発売になっております。全国書店様にてお求めいただけるかと思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。

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