冬支度

 朝食をとりながらのひととき。まだ肌寒いとまではいかないが、近頃は朝方の気温が低くなってきたような気がする、という話題になった。

 有り体に言えば秋が過ぎ、冬が近づきつつあるということだ。以前、このあたりで雪が降ることはめったにない、とサーミャにディアナが受けあっていたが、それでも準備は必要だろう。


 我が家には温泉という大変素敵な身体を温めてくれるものがあるわけだが、湧出場所や工事、建築の都合もあって少し離れたところに構えているし、常に湯に浸かっているわけにもいくまい。

 冬になる前に、家全体を暖めるようなものが必要だろう。


「あっちの新しく追加した部屋の方は離れてるからねぇ」


 ディアナがそう言って、部屋から廊下のほうを見やった。その廊下にも部屋はあるが、途中で直角に曲がっており、コの字型の上の部分にあたるそこにも部屋がある。

 今俺達が食事をとっているこの居間辺りまで、かまどや鍛冶場の熱が多少流れてきていることもあるのだが、自然に任せた状態で家全体に行き渡らせるのは無理だろう。

 そう、うちには高温を発する鍛冶場がある。鋼が溶ける高温になる炉が設えられているので、その熱を利用できればと思うのだが、


「問題は仕事しないときは火を落としてることだな」


 俺は顎に手を当てて言った。夜間はもちろんのこと、それ以外に炉を使わないときもある。炉を使ってなくても、火床には火が入っていることは多いが、発する温度は炉と比べて低い。


「肝心の夜中に寒くなっていくのはまずいかもねぇ」


 俺と同じようにディアナが顎に手を当てる。サーミャとヘレンがそれを見て笑いをこらえているようだった。


「そういえば暖炉がないのよね、この家」


 あたりを見回しながらアンネが言った。ウォッチドッグが何を思って省いたのかはわからないが、彼女の言う通りこの家には暖炉がない。もしかすると「冬までには作ってるだろ?」という、ちょっとした試練くらいのつもりだったのかも知れない。


「そういや、獣人たちはどうしてるんだ? 焚き火か?」

「いや、着込むだけ」


 この森の元々の住人たるサーミャに聞いてみると、実にシンプルな答えが返ってきた。なるほど。雪が降らないくらいなら、それでなんとかなるのだろう。


「アタシたちは皆とは身体が違うから耐えられるけど、皆が耐えられるかはわかんないぞ」

「そりゃそうか」


 サーミャが続けて、俺は頷いた。なるほど、獣人の身体には元になった(?)動物の被毛がある。サーミャの場合は虎だ。俺が知っているのは猫そのものだが、あれでなかなかの保温性がある。

 それがない俺たちが同じように着込むだけで一冬耐えられるかは分からない。雪もめったに降らないということは、逆にいえばたまには降るのだ。


「そういやエイムール邸には暖炉があったな」

「そりゃあるわよ」


 そのままディアナに聞いてみると、エイムール邸の暖炉はセントラルヒーティングよろしく各所に熱が回るように煙突がもうけられているらしい。


「うちにも暖炉があったわよ」


 俺が聞く前に、アンネが答えた。仕組み的にはエイムール邸のとあまり変わらない。ただ、規模が違ったり、身分のあれやこれやで火を焚く箇所の違いがどうたらとかもあったそうだが。


「うちはそんなに寒くはならなかったので!」


 リケが胸を張るように言った。彼女の住んでいたあたりは鉱山が近いと聞いていたのだが、地熱かなにかでそこまで気温が下がらない、ということらしい。あまり広くないところにみんなで集まって寝てるので、それもありますけどね、とは付けたしていたが。割とバカにできないんだよな、人熱……。


 別のところだが、サーミャと同じく森暮らしのリディの家にも簡易の暖炉というか、囲炉裏に近いものはあったらしい。冬場はそれで乗り切れるのだそうだ。

 傭兵のヘレンは決まったところに住んでいたわけではない。大体は焚き火で温まれれば御の字で、時には友人と身を寄せ合ってということもあったと笑っていた。


「これで方針は絞られたわけだな。1、暖炉を作る。2、暖かい毛布なんかを用意するだけにしておく」


 俺は指を立てて数える。


「んで、暖炉を作るにしても、暖房専用の暖炉を作るか、鍛冶場の熱を利用するか、温泉をこっちまで引いてくるか、あるいはその複合になるな」

「暖炉を作ると時間がかかりますねぇ」


 リケがのんびりした声で言う。俺は頷いた。つい最近温泉でかなり時間を使ったところだ。そろそろ鍛冶仕事のほうにも力を入れないと。

 かと言って、寒くなってから作りますでは間に合わない。ストーブみたいに買ってきて設置すれば良いというものでもないのだ。


 ん? ストーブ? 俺はちょっと閃いた。そうだ、その手があったな。


「俺にいい考えがある」


 あ、これもしかしてヤバいやつなんじゃないかと自分で思いながら、俺は皆に内容を説明するのだった。

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