第12章 オリハルコンのナイフ編

なんでもない夕方

 うちの周りには木が生えていない。リディ曰くは「魔力が濃いから」なのだそうだ。

 それで気になって以前に伐った木の切り株を確認してみると、普通切り株を囲むように伸びてくるはずの“ひこばえ”(切り株の周りに生える新芽)も、うちのあるほうには伸びていない。

 かといって、木の生えていない言わば庭の部分は土と石塊だけかといえばそうではなく、普通に草花は生えているので不思議なものだ。

 畑の作物もすくすくと成長し、エルフの種の「すぐに次の収穫ができる」という特徴を存分に発揮していた。


 そんなポッカリと空いた領域に剣の稽古をするヘレンとディアナ、そしてアンネの気合の乗った声が響く。空は橙色を連れてきており、もうしばらくすれば今度は夜闇を連れてくるだろう。

 スコン、といい音をさせているのは弓の練習をしているサーミャにリディ、そしてリケだ。後ろにいるならせめて長射程の武器を練習したい、とリケが申し出て、サーミャとリディが教えている。

 クルルとルーシー、ハヤテは3人で追いかけっこのようなことをしている。空を飛べるぶん、ハヤテが少しだけ有利なようだが、飛ぶと体力を使うのだろう、時々クルルの背中で体を休めていた。


 そんな賑やかな暮れていく庭の片隅、俺は包丁を魔法のランタンの光にかざした。


「やっぱり綺麗だな」


 カレンさんと契約をした日からもう一度納品の日を迎えた。その時にカミロから手渡されたものがある。それは3本の包丁だった。

 その包丁を個別に包んだ布には、ものすごく読みづらい字ではあったが、それぞれに名前が書かれていた。ボリスにマーティン、そしてサンドロのおやっさん。“金色牙の猪亭”の面々である。

 以前に「送ってくれたら研ぎや調整をする」と言ってあったので、送ってくれたのだ。


 作業に入る前の包丁を並べて見てみると、それぞれに彼らの顔が浮かんで見えるようだ。

“金色牙の猪亭”のみんなはゴツい風体をしているが、包丁の扱いは実に丁寧である。チートが無ければ僅かな歪みや、微妙な欠けなどに気がつけなかったかも知れない。

 これくらいの歪みであれば、熱して直す必要はない。金床もいつも使っているゴツいのではなく、小さい方でも直せそうなので、研ぎの道具一式と一緒に外に持ち出し、風を浴びながら作業をしようと言うわけだ。


 明かりにかざし、微妙な歪みを確認したら、金床に置いた包丁をごくごく軽い力で叩いていく。こんな作業でも、気を抜くと割れや折れに繋がるのだが、俺には手助けがある。

 その力も借りて、小さな金属音をさせつつ、魔力がこもりすぎないように(うっかりするとすべてを切り裂く包丁になってしまう)コツコツと歪みを取っていく。


 あらかたの歪みがとれたら、今度は研ぐ工程だ。水を砥石にかけ、慎重に刃を研ぐ。

 シュリシュリと、さっきまでとは違う音をさせながら、1本の包丁が元の姿を取り戻していく。研ぎ上がった包丁を光にかざすと、キラリと刃が光を反射して輝いた。

 

 そして3本目、気がつくと追いかけっこをしていたはずの娘たち3人が間近で興味深そうに眺めていた。普段は鍛冶場の中でやってて見る機会がないからだろう。

 たまには親の仕事を見せるのもいいかと思い、

 

 「危ないから、あまり近寄るなよ」

 

 そう俺が言うと、3人共了解だろう声をあげる。俺は慎重にゆっくりと研ぎの作業を進めるが、少し気合が入ってしまったのは致し方ないことだろう。サンドロのおやっさんの包丁なので、どっちみち多少の気合は入れていたかも知れないが。

 何度か砥石の上で包丁を往復させ、最後に水で流し、布で拭う。あたりが少し暗くなってきた中、ランタンの明かりにかざすと、その包丁はやはりキラリと輝き、娘3人は囃し立てるように声を上げる。

 

 それを聞いて誇らしげな気持ちになりながら、俺はそろそろ冬の足音が近づく我が家の“いつも”を終えたのだった。

 

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