新しい関係を
「虫のいい話だということは重々承知しています。当初、目的を半分隠していたことも申し訳ないと思っています」
頭を下げたまま、カレンさんは言った。
「すぐにとは言いません。言えるはずもないんですが……」
顔を上げるカレンさん。さっきまでのどこかぼうっとした感じはもうない。キリッと引き締まってはいるが、泣き出しそうな危なっかしさもある。
俺は家族をぐるっと見回した。俺と目が合うと、みんな小さく頷く。「判断は任せる」ということだ。
メンツも含めた感情でいえば、拒否し怒鳴り散らすこともできるだろう。おそらく、それは受け入れられる。そうしたい衝動もなくはない。
だが、冷静に今後を考えると多少なりと動きがわかりやすい人間を1人作っておくことは有効なのだ。一番怖いのは暗闇からの一撃である。
それを避けるなら、ここで彼女を王国に留めておくのは有効だろう。もうとっくに他の人間に伝えた可能性もあるが、彼女はうちへの道のりを伝聞ではなく知っている人間でもあるのだ。
それなら、この話自体は受け入れても良いんじゃないか、と思う。された仕打ちを放り出して、情に絆されている面がないとはとても言えない状態であることは自覚している。
しかし、弟子入りは何年後でもいい、と言っているのだし、俺が本当に彼女を信用できるようになれば、その時にうちに迎え入れればいい。
それまでに彼女が諦めてしまえばそこまでの話だ。その時は家の周囲を多少要塞化するか、魔力の強い土地を探さなくてはいけないかもしれないが。
それにまぁ、俺に瑕疵がまったくないかと言われれば、そんなこともない。「どうせ理解はできないから」と「北方出身と名乗っていることの真実」を誰にも打ち明けてはおらず、秘密を抱えたままであるのだ。
沈黙が流れる。時間そのものが止まってしまったかのような気さえする。
俺はゆっくりと口を開いた。
「わかりました」
俺の口から出たのはその言葉。カレンさんの顔がパッと明るくなる。
「ですが」
だが、俺は付け加えることも忘れない。
「今回だけです。次は無いと思ってください。何かあれば私はどこかへ移住することも視野に入れます」
カレンさんが息を呑むのがわかった。マリウスが苦笑しているのは後段に彼への牽制も含まれていると思ったからだろう。当たらずとも遠からじというやつだが。
友人とは無条件に融通する間柄のことではない。そこに利害が発生することもあるし、それが常にプラマイゼロになるとは限らない。それをどれくらい気にするかの度合いが、家族と友人と他人の違いだと、俺は思っている。
「承知しました」
再び深々と頭を下げるカレンさん。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
俺も彼女のように頭を下げる。一応立場的には上ではあるのだろうが、下げて減る頭でもない。
「これでまとまったかな」
気をつけていないと分からないくらい、小さくため息をついてから、マリウスが言った。
「なんとかね」
顔を上げた俺はニヤッと笑った。マリウスと違って、さまにはならないが。
「色々とズレてしまったけど、これから、一から進めていこう。君も、俺も」
俺は、顔を上げたカレンさんに右手を差し出した。“南方式”だ。
「……はい!」
明るさを取り戻したカレンさんは、俺の手を取った。ここから、新しく関係をはじめていこう。その関係の先にあるのが何かは分からないが、俺と家族なら多分なんとかやっていけるだろう。
マリウスはカレンさんと先に戻っていった。部屋にはカミロと俺たち家族。他愛もない話をカミロとしていると、番頭さんが戻ってきたので、俺たちもおいとますることにした。
来たときよりは心は晴れている。意気揚々、とまではいかないが足取り軽く部屋を出て行こうとしたところで、俺だけカミロに呼び止められる。
皆には先に行っておいてもらい、俺とカミロだけが商談室に残る。
カミロは一息おいてから言った。
「本人は言わないだろうから、一応俺から伝えておくが……」
一瞬の逡巡。
「譲歩としてこの条件でなんとか纏めたのがマリウスらしいんだよ」
「と言うと?」
なんとなく想像はできるが、きちんと知っているならカミロから聞くべきだろう。
「お前の腕前は伯爵と侯爵が知っている。当然評価もされているわけで、“主流派”としてはお前を手放したくないわけだ」
「ふむ」
のんびり過ごすのには手放しには喜べない情報だが、ありがたい話ではある。
「だが、北方の方々がああも派手に来てはな。“公爵派”の目に留まってしまうのも仕方がなかったわけだ」
「“主流派”ではないほうか」
カミロは頷いた。彼は口ひげを指先でいじりながら続ける。
「“黒の森”に住んでるのは伏せて、エイムールの街に出入りしてるとか、名前であるとかは誤魔化して大部分隠しおおせたが、そうなればお前はちょっと腕の良い、ただの鍛冶屋だ」
「実際そうだけどな」
俺の言葉に苦笑するカミロ。
「『ただの鍛冶屋を北方が迎えにきた? 拗れる前に引き渡してしまえ』って話が出てもおかしくないわけだな」
「ああ、まぁそれはな」
今度は俺が苦笑する番だった。今のところチートだよりの腕前を除けば、ただの鍛冶屋だ。そんなものをリスクを負って守らなければいけない道理はない。
無理に守ろうとすれば、「言っている以上に重要な人物である」ことを証明しているようなものだ。
「そこをお前が自分の街にいることと、カレン嬢が都に残ることとをあわせて条件を整えて、抑えこんだのがマリウスってわけだ」
「なるほど……」
ちょっと妙な条件だなとは思っていたが、俺の友達は思った以上に身を削っていてくれていたらしい。
俺は笑いながら言う。
「今度何かでそれと分からないように埋め合わせをしておくよ」
「そうしとけ」
同じように、カミロが笑った。
カミロに見送られ、「じゃあ、またな」と俺は商談室を後にする。
こうして俺は、形を変えた“いつも”に戻っていった。
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