お疲れ様

 翌朝、娘3人と水汲みを終えた後、書いた手紙をハヤテに託す。ハヤテの脚には革製の小さな筒がくくられていて、ベルトで蓋が閉められるようになっている。俺はその筒に書いた手紙を丸めて入れた。


「それじゃあよろしく頼むな」

「キュイッ」


 一声鳴いて、ハヤテは青空へ溶け込むように飛んでいった。彼女の脚にある手紙には次の納品の日時と、顧問の話はその時にすることが書いてある。話を受けるかどうかは条件次第とも付け加えておいた。

 これで俺たちが行くまでに話がどう転がるかだな。


 その日の作業を開始してから、もうすぐ昼飯の時間になるかなといった頃、外が少し騒がしくなった。

 何が起きたのかと鍛冶場の扉を開けてみると、クルルとルーシーが今戻ってきたらしいハヤテに、遊んで遊んでと騒いでいる。微笑ましい光景ではあるのだが、ハヤテの仕事はまだ終わっていないのだ。

 ハヤテはたまらず俺の右肩に飛んできた。すると、それを目で追ったクルルとルーシーの視界には俺が入るわけで、「お父さんもいる!」と思ったのか2人とも駆け寄ってくる。肩にハヤテを載せたまま、俺は2人の頭を撫でた。

 そんな2人を俺と一緒に出てきたディアナとヘレン(出てきたのは全員だけど)が相手を引き継ぐ。


「クルルとルーシーはこっちでママたちと遊びましょうね」

「ママ!? アタイも!?」

「え、今更?」


 そうしている間に俺が右肩のハヤテに左腕を差し出すと、彼女はスッとそちらに移る。女性に体重のことをあれこれ言うのは失礼だろうが、見かけほどの重さはかかってこない。鳥みたいな骨の構造になってるのだろうか。弱い部分を魔力で補ってるとか……。

 色々と興味は尽きないが、今はハヤテの脚にある筒の中身だ。


「ちょっと代わりに筒を取ってくれないか」


 俺は左腕のハヤテをリケに差し出す。サーミャやリディ、あるいはアンネでも良かったのだが、手先の器用さはリケが一番だからな。無用にイライラさせる必要もあるまい。

 リケは頷くと、ハヤテの脚にある筒をそれごと外した。すると、ハヤテはクルルの頭に飛んでいく。彼女のお仕事はこれで一旦終わりだからな。クルルとルーシーも姉ちゃんと遊んでもらえるわけである。

 空いた手にリケから差し出された筒を受け取って、中身を確認すると手紙が入っていた。返事にしてはやたら早いし、もしかするとハヤテは返しただけかと思っていたが、そうではなかった。


「時間的に大したことは書かれていないだろうが……」


 なにせ朝イチに送って昼前には返ってきた手紙である。思った通り、カミロのあまり綺麗ではない字で書かれたそれは、彼にしては珍しく多少の修飾はあったがつまるところ「了解。待っている」というシンプルな答えだけが記されていた。


「どう思う?」


 俺は傍らから一緒に覗き込んでいたアンネに尋ねる。ここに何らかのカミロの意図が感じられるかを確認したかったのだ。彼女は少し首をひねったあと答える。


「これだけじゃなんともってのが正直なところね。すぐに返すあたり、かなり気を使ってるなとは思うけど」

「それはそうか」


 俺は肩をすくめる。時間的に来てすぐに返したわけでもないだろうが、カミロのところに北方の人たちがいたとしても話し合いが紛糾したということもなさそうだ。

 カミロの直筆で美辞麗句と言えないまでも言葉に気を使ったあとが伺えるあたり、今回の件については彼もなにか思うところがあるのだろう。多分。


「後は仕上げを御覧じろ、かな」


 俺はそう言って空を見上げる。そこにはそんな下の様子など知ったことではないとばかりに太陽が今日も燦々と輝いていた。

 ま、これ以上気を揉んでも仕方ないか。俺は大きく伸びをして言った。


「早いけど昼飯にしようか。表で食べよう」


 森の中に家族の「わあい」という喜びの声が広がる。理解しているのかまでは不明だが、クルルとルーシー、ハヤテもそれぞれに喜んでいるように見える。

 ただの先送りかも知れないが、今のところはのんびりと“いつも”を過ごすことにしよう。俺はそう思いながら、鍛冶場の扉を開いた。

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