“いつも”と街へ

 この“黒の森”にいる間、世間からは文字通り「隔絶」されている。いや、今はハヤテとアラシという通信の方法を手に入れたので、完全にそうであるとは言い難いが。

 しかし、それも無視してしまえば俺たちの動向は外に出ることは無いだろう。肉を中心に食事を考えれば自給自足にかなり近いところまで来ているし、それなりの期間“黒の森”から出ないでいることも可能だと思う。

 実際には塩や燃料などの必需品や、鍛冶をするための鉄石が足りなくなってくるので、完全に森に引きこもって暮らすというのは現実的でないが。


 だが、遠慮したのがカミロなのかカレンなのかはともかく、1週間弱の間、何の連絡も来なかった。おかげで俺たちはのんびりと“いつも”の1週間を過ごし、街へ向かう準備を整えていったのだ。

 今回はごくごく普通にナイフと短剣のみで、高級モデルもあまり数は作っていない。

 クルルが牽く荷車に荷物を積み終え、サーミャが言った。


「うーん、なんだか久しぶりだな。これだけしか作らないのも」

「ああ、前は1週間毎に街に行ってたからな」



 俺は頷いて、以前のことを思い出す。当初は勝手がわかってないこともあって、大した数も作れなかった。今は量産するだけなら結構な速さで仕上げることができるようになっている。

 これは俺がチートに馴染んで来たこともあるが、リケやサーミャ、そして他の皆が作業に上達してきたこともある。ディアナもそろそろ量産のやつくらいなら鎚を持てるんじゃなかろうか。

 ヘレンにしてもいつになるかはともかく、傭兵稼業に戻ったときに自分で手入れできるようになっていれば、役立つことも多いだろう。

 リディも森の世界とはいえ鉄製品を作る場面はそれなりにあるだろう。アンネだけはあまり役に立つ場面というのはなさそうだが、特定のものとはいえ技術に明るい人間が為政者側にいて損にはなるまい。


「あの頃は色々先行きのこともありましたからね」

「そうだな」


 リケの言葉に俺は再び頷いた。スローライフを満喫できる体制へと少しでも早く移行しようとした結果、なんだかワーカホリック気味になってしまったんだった。

 思い返せばなんだかんだと巻き込まれたりして、あんまりスローライフ感のない生活を送りがちな気がする。

 荷台に載った荷物は今日はいつもと比べてかなり少ない。ただ“いつもどおり”を繰り返してきたつもりだったが、家族以外に増えたものもある、ってことだな。

 そんなことを考えながら、俺は皆に出発を合図した。


「今日はいつもより少し気をつけたほうが良いかも」


 ヘレンがそう言い出したのは、“黒の森”を出る少し前だった。


「知ってる人間もいるわけだし、無いとは思いたいけどな。北の人間が何かするなら、この機会が最後になる。用心するに越したことはない」


 表向きにはうちの工房は存在しないことになっている。そして、俺も“黒の森”なんてところに定住していることにはなっていない。

 とは言えそれは表向きの話で、実際には俺はここに存在している。もしなにか起こせば裏では大問題になる……と思う。

 伯爵がその一存で戦を起こすことはできないだろうし、侯爵が絡んだとしても大遠征になる挙兵の大義名分なんかそうはない。

 表向きは別の名目で王国に滞在していることになっているアンネに何かあれば皇帝陛下御自ら陣頭指揮を取ってのあれやこれやがあるんだろうが、それも裏での話になるはずだ。


 一方で万が一の場合を考えれば、北方が積極的に手を出すことも難しいのではないかと思う。1人の鍛冶屋が北方から出ただけで、調べても一子相伝の技術をもつ工房の出ということもない――そもそも何者かよくわからないのだから当たり前だが――オッさん1人を取り戻す、あるいは害するにしてはリスクが見合わない。

 だが、それは全くありえないことを指すわけでもないのだ。感情として許しがたし、ということになればどういう行動に出るのかを推し量ることは難しいだろう。


「分かった。今日はいつも以上に気をつけていこう」


 俺が言うと、家族は皆頷いた。ルーシーも話を理解したのか、幾分精悍になった声で「わん!」と一声上げ、荷車の上は笑い声に包まれたのだった。

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