顧問

「よしよし、ご苦労さん」


 手紙を外した俺がアラシの頭を撫でると、彼女は俺の手に頭を擦り付けた後「キュッ」と短く、そして小さく鳴いて飛んでいった。ハヤテに挨拶をする暇もない。

 アラシは街と都のどっちに戻るんだろうな。そんなことを思いながら、暗闇を斬り裂く矢のような彼女が飛び去るのを眺めた。


 暗闇にアラシが消えてから、俺は手紙を開いた。文字そのものに見覚えはない。だが、使ったのであろう筆記具は推察できた。筆だ。

 流暢な筆使いのくずし字で書かれたそれは、前世で見た戦国武将の手紙によく似ている。内容の前に署名を確認すると、カレンの名前があったが、彼女の直筆なのかそれともカタブチ氏が祐筆をつとめたのかまでは分からない。

 カレンの名前の隣に、マリウスの名前も署名されていたので、この内容は一応彼も確認したということだろう。嘘を書かれていてもわかりにくいという問題はあるが。

 その手紙の内容はというと、大きく予想を違えるものでもなかった。


 北方の一国と王国とのやりとりとしては、


「腕のいい北方出身の鍛冶屋の引き渡しを」

「そんな人物は王国に定住していません。どこかに流れたのでは?」

「そうですか。残念です」


 で決着したようである。少なくとも公式に残る文書ではそういうことになったようだ。

 つまり、俺は公式の文書の上では王国には住んでいないことになっている。

 これは以前、税については聞かねばと思ったときにマリウスやカミロから聞いた話だが、確かに“黒の森”は王国にあるが完全に管轄できているかというと、そうではない。したがって、王国領内にあって領してはいない認識なのだそうだ。魔物討伐隊のときの俺の扱いはどうなってるんだろうなぁ。

 実際、森の獣人たちからは税を取り立てておらず、人口の把握もしていないらしく、サーミャも「そんなのしたことない」と言っていた。

 つまり、“黒の森”に住んでいる俺とその家族も扱いとしては同じになるのだそうだ。王国としてきっちり管轄していないからこそ、身を隠すのにも好都合なのだが。


 まぁ有り体に言って、この辺は茶番である。実際に俺がいるところをカレンは見ているのだから。ともかく、北方としても王国としても俺は公式には存在しない状態のほうが都合が良いようである。これは表立って頼めないものも数多くあるからだろうな。

 俺としてもそっちのほうが自由に動けるメリットが大きいし、後世に名前が残ってしまったりしなさそうなのも助かる。

 きっちり調べれば同じ地域から「デブ猫印の製品」が出続けていることは分かってしまうかも知れないが。

 そして、今回の一件については「弟子入りの話は一旦ご破算。だが、カレンは王国に残る」ということになったそうである。


 ん? と思って読み進めてみると、北方は割とゴタゴタしていて、何かあった場合に備え、直系でないにせよカタギリ家の係累であるカレンを外に出しておきたかったのも事実で、修行の名目で都には残るのだそうだ。

 ある程度の腕があったら、うちに弟子入りしてもさっさと免許皆伝さようならということになりかねず、それを避けるために実力を隠していた可能性はあるし、これが本心なのか、なにかのカバーなのかは分からない。

 何れにせよ、最初からそう言ってくれていればもっと素直に事が運んだのにな、と思わずにはいられない。


 それはともかく、問題はさらにその後の文章だ。


「ついてはエイゾウ殿には顧問として時折腕前を見ていただきたく」


 そこにはそう書いてあった。顧問ねぇ……。方法について打ち合わせをしたいので、都合のいい日時をカミロの方に伝えてくれともあった。ハヤテはカミロの方しか知らないからな。

 どう返事をするべきか悩みながら、俺は家の中へと戻るのだった。

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