連載3周年記念特別編:街の家族

 今回は連載3周年記念の特別編になります。本編とは関係のない、“もしも”あるいはエイゾウの見ている夢のようなものになりますので、ご承知おきください。

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 カミロの強い薦めもあって、俺たちは今エイムール卿、つまりはマリウスだが、彼の治める街へ一時的に居を移していた。

 きっかけは大量注文がカミロのところに入ったからである。今回は武器だけではなく、いくつかの農具なんかも頼まれているし、量がとんでもなかった。


 ただ、それらは高級モデルである必要すら無く、量産品でいいらしかった。であれば、“黒の森”の魔力に頼る必要も無い。リディも、


「時々は森へ戻って魔力を得る必要はありますが、しばらく滞在するぶんには問題ないですよ」


 とのことだったし、それならば納品するのに面倒が少ない方がいいと、思い切ってカミロに頼んで居宅兼作業場を見繕ってもらったのだ。

 流石に鍛冶場付きなんて家は無かったので、作業スペースが確保出来る家を小改造させてもらい、そこに火床と炉を置く形になった。


 壁の内側にいる“お抱え”の鍛冶屋と軋轢を生んでしまうといけないので、うちが作る製品は全てカミロのところへのみ納品することになっている。

「納品」とは言うものの、毎日夕方くらいにカミロの店の人が取りに来てくれる手はずになっていて、俺たちは作ることに集中すれば良かった。


「お父さん! お仕事まだ!?」


 緑色の服を着て、服と同じような緑色の髪をしたショートカットの少女が俺の袖を引いた。それをスラッとした双子の女性が窘める。


「いけませんよ、クルル。父上の邪魔をしては」

「ルーシーもですよ。リケ母上の邪魔をしてはいけません」


 リケに近づき、姉のクルルの真似をしようとしていた、毛先がワイルドにランダムな方を向いている黒い長髪で灰色の服の少女……ルーシーはその声でビクッとなって袖を引くのを止めた。

 双子は2人とも、青みがかった灰色の服を着ていた。爬虫類のような尻尾が生えているところを見ると、リザードマンらしい。

 いや、らしい、ではないな。俺は2人がリザードマンであることをだ。

 俺はその様子を見て苦笑する。


「まぁまぁ、もうすぐ片付くんだし、ハヤテもアラシも、そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃないか」


 俺が言うと、双子は揃ってこちらを見た。射竦めるような視線に、一瞬クルルと一緒に身を縮こまらせてしまいそうになるが、2人は俺に負けず劣らず目つきがあまり良くないだけなのだ。

 あまり背は高くないが、顔つきからして成人はしているらしき2人は言った。


「父上がそう甘やかすから」

「クルルもルーシーも甘えるのです」


 2人による波状攻撃の矛先は俺に向かってきた。俺は幾分か身を縮こまらせる。


「そのうち甘えるどころか、逆方向になる日が来るんだし、それまではもうちょっとこう、手加減というか」


 それくらいの反論をする精一杯だ。そんな俺を見て、2人はため息をついた。

 彼女たちはリザードマンのカレンが連れてきた子らだ。血縁関係にはないらしいのだが、3人並んで立つと姉妹のようにしか見えない。


「2人とも、妹が可愛いのは分かりますが、あまり父上を困らせるものではないですよ」

『すみません、カレン母上』


 その2人をカレンが窘めた。母上と言っているので、シングルマザーを弟子にするのかぁ、と思っていたのもなんだか懐かしいように思う。

 俺は今日最後の作業を終えると、皆に言った。


「よーし、今日は結構出来たし、食堂へ行くか」

『おおー』


 街に来たことで比較的手軽に色々な食材が手に入るようになり、その分レパートリーも増えたのだが、こと食生活においては外食の選択肢が出来たのは大きい。“黒の森”で外食は「どこに行こうというのかね」としかならんもんなぁ。


 そんなわけで、時折は街の食堂へと繰り出している。「食堂」とはいうものの、基本的にはほぼ酒場のようなものである。前の世界で言えば居酒屋飯が近い。

 ただ、当初はそれこそ酒場然としたところへ行っていた――そして時折、お母さん達がその戦闘能力の高さを発揮していた――のだが、少し前に食堂よりの店を見つけて、そこの居心地の良さと料理のうまさを気に入り、以来「食堂へ行く」と言えば、その店のことになった。

 俺たちは鍛冶場の後片付けをすませた後、身体の汚れを落とし、連れ立って街へと繰り出した。


「いらっしゃい」


 食堂の扉を開けると、若い女性が出迎えてくれた。彼女はこの店の店主で、両親を亡くしてからずっと1人で切り盛りしているのだそうだ。

 その応援をしてあげたいという家族の意見があったことも、この店をよく使う理由である。


 入り口に比較的近いテーブルに座って、ゆっくりと食事をとっている老人も、同じ理由だろうと俺は見ていた。その老人も俺たちが入ってきたことに気がついた。


「あんたたちか。こんばんは。おや、クルルちゃんにルーシーちゃん、また大きくなったんじゃないかい?」

「こんばんは。どうかな。毎日見てるから、小さい変化は分かんないなぁ……」

「子供が大きくなるのは早いぞ。見逃さないようにな」

「ええ、それはもちろん」


 この店の常連である老人の言葉に、苦笑半分敬意半分の笑顔を返す。

 そして、老人はクルルとルーシーに、


「じいちゃんこんばんは!」

「こんばんは!」


 と挨拶をされ、


「おお、いつも挨拶できてえらいねぇ」


 目を細めて2人の頭を撫でる。2人は「へへー」と照れくさそうにはにかみ、その様子を老人以上に目を細めながらディアナが見守っていた。


「最近は西地区が物騒らしいわね」

「へえ。なんで?」


 頼んだ料理を運んでくる女性の言葉に、ヘレンが尋ねた。今現在はうちの警護担当みたいなものなので、こういう話題には敏感だ。


「どうも“崩れ”の一団が来たらしくて。衛兵さん達が重点的にまわってるらしいんだけど」

「ああ……。あいつらも大変だなぁ」


 ヘレンは軽く眉間に皺を寄せた。

 遺跡を探索し、そこに眠るお宝を取ってくる“探索者”。ただ、当たり前だが毎回収入が得られるわけではない。時には赤字になることもある。それでにっちもさっちも行かなくなり“かけている”連中をさして“崩れ”ということがある。

 まだ何もしてはいないが、いずれなにかしてしまいそうだ、ということである。「何もそこで追い打ちをかけるような呼び方をせんでも」と思わなくもないが、この辺は前の世界の感覚が抜けきってないところのようにも思う。


 傭兵であるヘレンも、なにかあれば途端に無収入になるわけで、それを思えば「明日は我が身」となったのだろう。

 まぁ、ヘレンの場合はうちに来れば片付く話ではあるし、彼女の腕を買わない人間がそう多いとも思えないので、心配はいらないが。


「皆は大丈夫だと思うけど、一応気をつけてね」

「子供もいるからなぁ。わかった。ありがとう」

「いいえ、ごゆっくり」


 店主の女性はそう言ってテーブルから離れていった。後はにぎやかな食事の時間だ。今日の疲れを癒やし、空腹を満たすべく、テーブルに乗った鶏の肉を焼いたらしき料理に俺は手を付けた。


 料理がどんどん家族の腹の中に消え、そろそろ帰ろうか、となった頃。2人のちびっこは食欲を満たし、睡眠欲との戦いに赴いていた。


「お姉ちゃん、抱っこー」

「おんぶー」

「はいはい。仕方ないですね」

「では、私がルーシーをおんぶします」


 いや、睡魔には抗う術がない、と悟っているのだ。あっさりと白旗を揚げて、双子の姉たちに救援を要請した。

 双子は困った声を出しながらも、嬉しそうに2人を抱っことおんぶする。来る前に「甘やかすな」と言っていた割には、ものすごい甘やかしようだなと思うが、それは言わぬがなんとやらだろう。


 さっさと支払いを済ませて、寝息を立てる2人の娘の様子を伺いながら、家路についた。

 普段なら寝る前にはサーミャがちょっとかけっこのようなことをしてやったり、アンネが抱えあげて遊んでやったり、あるいはリディがお話をしてやったりといったこともあるのだが、今日はそんな暇もなく夢の世界に行き、すやすやと幸せそうだ。


「うーん、これはこれで幸せなのかもなぁ」


 俺は頭の片隅に違和感を覚える。クルルとルーシーはこうだったか? カレンはこうも馴染んでいただろうか? ハヤテとアラシがリザードマンだと思っているのはなぜだ?

 それらを考えようとすると、思考に靄がかかったようになる。俺は一旦それらを「そういうもの」として呑み込んで、今はこの“いつも”を楽しむことにしたのだった。


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 今日で連載3周年となりました。ここまで連載を続けられたのも、読者の皆様あってのことです。ありがとうございます。

 もちろん、まだまだ続けていくつもりですので、どうぞ本作を4年目もよろしくお願いいたします。

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