会合
俺の印象はともかく、カミロの店はいつもどおりそこにある。店頭は人で賑わっているようで、外を通りがかると喧噪が聞こえてきた。
俺たちは店頭には用はないので、そのまま裏手に回っていく。そちらはいつもどおり、少しのんびりとした空気が流れていて、俺たちの姿を認めた丁稚さんが駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
まだ倉庫に荷車を入れてなかったので、丁稚さんにも手伝ってもらって荷車を倉庫に入れておく。この後の作業は俺たちの仕事ではない。
「それじゃ、今日もよろしくな。今日はもしかすると、出てくるのが遅いかも知れないが……」
「大丈夫です! お任せください!」
ドンと胸を叩いて請け負う丁稚さん。その頭にポンと手を置いて、俺はいつもの商談室へと向かった。
いつもなら、俺たちが先に商談室に入って、その間に俺たちの到着を店員さん達がカミロに知らせてくれる流れになっている。
だが今日は、商談室に入ると既にカミロと番頭さんが待っていた。倉庫に荷車を入れるのに手間取ったわけでもないので、ずっと朝からここにいたようだ。机には普段は置いてない書類がいくつか広げられている。
うっかりいつもの調子で扉を開けてしまった俺は少し面食らった。
「おお、来たな」
「すまんな、突然扉を開けてしまって」
いつもの調子で挨拶をするカミロに、俺は素直に謝った。今日は別の客がいるかも知れない日である。いきなり扉を開けるのはどう考えても迂闊だ。
カミロは苦笑すると、手をヒラヒラと振った。
「なぁに、この辺なにも言ってなかった俺も悪いんだ」
「ありがとう」
そう言って、俺たちは着席した。とりあえずは今日の商談である。商談自体はつつがなく進んでいく。
「他のことをやっててなぁ。それでも納品物の数は十分あるはずだから、確認しておいてくれ」
「わかった。うちにあるもので追加で必要なものはあるか?」
「今は特にないかな。北方のもので新しいのが入ってきてたら欲しいところだが」
「今回は無いなぁ」
「だろうな」
俺は肩を竦めた。今回の件ではカミロが直接出張ったのだ、別ルートで仕入れや逆に卸しをしていたにしても、それどころで無かったのは間違いない。
カミロが合図すると、番頭さんは一度部屋を出て、すぐに戻ってきた。今日の諸々は別の人に任せたらしい。
「それじゃあ、今日の本題に入ろうか」
カミロの言葉にゴクリ、と生唾を呑み込んだのは、俺だったかカレンだったか、それとも他の誰かだったろうか。
カミロが再び目配せをすると、番頭さんが出て行った。
「お前達はこっち側へ回っておいてくれ」
「あの、私は……?」
おずおずとカレンが手を挙げた。俺たちはとりあえずカミロの座っているほうに移動する。
「お嬢さんは……こちら側へ」
言われてカレンは俺たちのいる方へと回ってきた。端っこのほうにいようとするので、流石にそれはと真ん中の辺りに移動してもらった。
ややあって、商談室の扉が開けられる。最初に入ってきたのは番頭さんで、手で入室を促していた。
それに従って入ってきたのは、数人のリザードマン達。皆北方風の服装――つまり、俺から見れば和服だ――を身に纏っていた。顔はトカゲのような顔ではなく、ごく普通の北方人の顔に鱗のようなものがちょくちょくあるくらいだ。
一番の特徴は顔では無く身体のほうで、皆トカゲのような尻尾が生えている。そのせいもあってか、並んでは部屋に入りづらいらしく、少し間隔を空けて入ってきていた。
チラリとカレンの様子を窺うと、目を見開いている。これはもしやと思っていると、
「カンザブロウ・カタギリと申す。カレンの父親であります」
年かさのリザードマンがそう言って頭を下げた。カタギリでカレンの父親。今回来ないであろうと思われていた人だ。確か聞くところによれば旗本でかなり偉い人のはずなのだが、その前情報に反して腰が低く、フットワークは軽い。
まぁ、今まで会った中で偉さの割にフットワークが軽かったのは、帝国の皇帝陛下だが。
「私はケンザブロウ・カタブチでございます。南方で言えばカタギリ家の“お付きの者”と思ってくだされば結構です」
そう言って、年若いリザードマンが頭を下げる。合わせて2人ほどいる若い女性のリザードマンも頭を下げて、それぞれあまり大きくない声で名乗った。どうも2人も“お付きの者”っぽい。
そして、伝令として来たのはどうやらカタブチ氏だったようである。
「これはご丁寧に。私が“エイゾウ工房”のエイゾウでございます」
立ち上がった俺はそう言って頭を下げた。頭を戻すと、カレン父の眼がスッと細められている。
「確かタンヤ家と……」
「北方を出てくるときの事情がありまして、基本、家名は名乗らないことにしているのです。この見た目ですし、出身が北方であることは隠せないので、名前はそのままですが」
俺は予め用意しておいた理由をさらりと答えた。これはあながち嘘でもないので、サーミャでも気がつかないはずである。
俺の家名を知っているかどうかは半々だなと思ったが、どうやら知っていたらしい。
カレンは家名までは知らなかったようなのだが、まぁアレから時間も経っているし、何かのルートで調べれば分かる可能性はあるか。
「なるほど」
もう少し食い下がるかと思いきや、カレン父はあっさりと引き下がった。家名はどうでも良いと思っているか、適当な家名をでっち上げたと思っているかのどっちなんだろうなぁ。
ディアナが続いて名乗ろうとしたが、俺は後ろ手に合図し家族の皆を名乗らせずにおいた。1つでも余分に情報を渡さないためである。
「それで、カレンの師匠がそちらだと?」
「ええまぁ、そういうことになっていますね」
ジロリ、と今度は俺の肚裏を見透かそうとするかのように、ほとんど睨みつけている視線でカレン父が言い、俺は何でもないことのように返した。
「ふむ……失礼だが、それは刀ですか?」
「ええ。素人拵えですが」
俺たちは店に入るときも一応腰のものは外さずに入る。着席するときには邪魔になるので一旦脇に立てかけて置いたりはするが。俺の“薄氷”ももちろんだが、アンネの両手剣などは背中に担いだままでは着席にも支障があるしなぁ。
それはともかく、俺はその脇に置いたものを差し出した。
「どうぞ、ご覧ください」
ヘレンがスッと俺の斜め後ろ辺りに陣取った。彼女はショートソードなので、2つとも身につけたままだ。俺を挟んで反対側にはディアナも立っている。
いざという時はディアナが俺を引き倒し、ヘレンが応戦する肚だろう。
「では」
と、カレン父は小さく頭を下げ、“薄氷”を抜いた。アポイタカラ製の薄青く光る刀身が姿を現す。俺は部屋の温度がほんの少し下がったような錯覚を覚えた。
カレン父は“薄氷”を青眼に構えたり(ヘレンが柄に手をかける音がした)、横にして輝きを見たりと、しばらく“薄氷”の刀身を眺める。
カレン父が一通りそういった動作をして、“薄氷”は再び鞘に収まった。
手にした“薄氷”はまだ俺の手には戻っていない。ヘレンには「居合」の話を以前にしていたからだろう、後ろから漂ってくる殺気が少し強まったのを俺は感じた。
カレン父は一度大きく息を吐いた。感嘆なのか、呆れなのかは俺には知るよしもない。
そして、朗々たる声でこう言った。
「エイゾウ殿、貴方には一つ頼みたいことがある」
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次回9/22の投稿ですが、3周年記念ということで特別編をお送りする予定です。
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