頼み
カンザブロウ――カレン父が“薄氷”をテーブルに置いた。背後からの殺気がほんの僅か薄らぐのを感じる。
俺は置かれた“薄氷”を手元に持ってきて、口を開いた。
「まだご依頼を伺う前で失礼ですが、我々に言っていないことがあるのでは?」
カレンに対する疑惑の話のつもりだった。下手くそだが、カマをかけた形ではある。サーミャに視線を送ると、彼女は小さく頷いた。これで嘘をついたら分かるわけだ。
カレン父はピクリ、と片眉を上げた。キレさせてしまっただろうか。悲しいかな、理不尽な怒りには前の世界で耐性が出来てしまっているので、多少のことでは動じないのだ。
しかし、俺の懸念とは逆に、カレン父は深々と頭を下げた。
「これは大変失礼をしました。我が娘を預かっていただいた上に、ご足労いただいた御礼をまず申し上げるべきでした。大変申し訳なく」
「ああ、いえ……」
前の世界でトラブルがあったとき、客先にうちの瑕疵でないことを説明しに行ったら、そこの社長が頭を下げてきたようなもので、俺は面食らってしまった。
だが、これで煙に巻かれたままなのもな。もう少し踏み込んでみるか。
「いえ、そちらではなく、カレンさんの本当の目的を教えていただきたいのです」
カレン父は今度は怪訝そうな顔をした。これはもしかして、カレンのスパイ疑惑は全くの杞憂だった……のか? そうだとしたら、平謝りするのはこちらの方だ。
「本当もなにも……」
「父上……いえ、伯父上、正直に話されたほうが良いですよ」
しばらくの沈黙の後、カレン父が話そうとするのを遮って、カレンが笑いながら言った。うちでも時々見せていた表情。今度はカレン父……いや、カレン伯父が面食らった顔になる。
「獣人のサーミャさんは『嘘が分かる』そうですので」
カレン伯父はぎょっとした顔でサーミャを見たあと、俺を見た。俺は頷く。狩りのときにでも話してたんだな。
「失礼ながら、伏せさせて頂いておりました」
苦々しげな顔になるか、憤慨して退室するかと思ったが、カレン伯父は真剣に考え込んでいる。嘘をつかず、さりとて言って良い範囲はどこまでなのかを検討しているのだろう。
少なくとも怒りなどでごまかして有耶無耶にするつもりはなさそうだ。
「カレンさんは『思い立って』などではなく、ある程度ちゃんとした鍛冶の経験がある方で、職人としては一人前。今回は私の腕前を見計らい、何者であるのかを探るためだけにやってきたのであって、どうあろうと弟子入りは中途で切り上げるつもりだった、と私は見てますよ」
俺の近くから、小さく「えっ」という声が聞こえた。俺が言うと思ってなかったアンネの声と、このあたりの話をしてなかったディアナの声だ。……ディアナには後で謝っておこう。
本来であれば、バカ正直にここまで言う必要はない。だが、これを否定する場合に嘘が含まれればそれが分かる。
この期に及んで何か嘘を言うなら、俺はそこで退室するだけだ。カミロの顔に泥を塗るかも知れないし、そうなったら卸し先をまた探さないといけなくなるだろう。
そうなれば四方八方に迷惑をかけてしまうし、我侭であることは分かっているのだが、折角のこの世界での暮らし、あまりそういう我慢はしたくないのだ。
「まぁ、大体合ってます。ですが、半分ですね」
そうして、カレン伯父が返答を迷っている間に、カレンがあっけらかんとそう答えた。
今度は俺が怪訝な顔をするターンだった。
「半分?」
「ええ。師しょ……エイゾウさんの考えは半分あっています」
そこでチラリとカレンは伯父を見た。伯父はため息をついて、大きく頷く。
「エイゾウさんの身元を探ること、これが一番の目的であったことは確かです。ですが……」
カレンはそこで息をついた。
「我々より腕が良いと判断した場合、弟子入りしてエイゾウ工房の技術を身につけること、それが目的だったことも確かなんです」
「長くいれば身元を探る機会もあるから?」
思わずだろう、そう口を挟んだのはアンネだ。カレンは苦笑する。
「結果的にそうなってしまったかも知れませんが、純粋にはそうではないですよ」
「北方から出てしまったものを、王国から無理やり引き戻すのは色々問題がある。ならば、というわけで、カレンをやったのです」
カレンの言葉を伯父が引き取る。俺は思わず尋ねた。
「では、頼みというのは何か武器を作ってこい、とかではなく?」
「ええ。それをしてもらえればありがたいですが」
カレン伯父が笑いながら頷いた。
「いろいろ話が前後してしまい申し訳ないですが、うちの姪御を改めて弟子にしていただきたい」
そう言って、頭を下げるカレン伯父。どうしたものかと、俺は再び考え込むのだった。
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本日、コミカライズ版で原作2巻にあたる「エイムール家騒動編」の連載がスタートしました!
週明けの9/27日は原作1巻「森での暮らし編」後半となるコミック2巻の発売日ですので、併せてよろしくお願いします!
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