ようやくの

 温泉が早速の役立ちっぷりを発揮して翌日。今日の午前中は獲物の回収、そして午後からは量産品を生産する予定だ。

 水汲みや身支度を終えて、朝飯を食う。


「そういえば、ここの朝ご飯って北方風じゃないんですねぇ」


 のんびりとした声でカレンが言った。すわ情報収集かと元々あった疑念が頭をもたげるが、この程度知ったところで何になるわけでもあるまい。


「味噌も醤油も手に入ったけど、米がまだでな」

「いずれ手に入ったら、北方風に?」

「魚は干物か、この森のものでいいから、たまにはそれも良いかもな」


 俺は味噌汁ならぬスープを口に運んで言った。塩漬けの肉の塩味と干し野菜の旨みがある。ここにそのまま味噌を入れてしまうと塩が強すぎるのでそうはしないが、肉を抜いて味噌を入れてもいいかも知れない。

 出来れば昆布と鰹節も欲しいところなのだが、前の世界では初期の味噌汁は出汁もなにもなく味噌を湯に溶いて実を入れたものであったと聞くし、この世界でも似たようなものがあるみたいなので、いずれ米と一緒に食したいところだな。


「いいですねぇ。食べてみたかったです」


 カレンはすっかり郷里に戻されるものとして話している。カミロの手紙ではすぐに戻されるような話ではなかったが、彼女としては戻される可能性が高いと見ている、ということだろう。

 ……それが本当は計画のうちなのかどうかはともかくとして。


「帰らないって話になったら食えるだろ。そもそも帰る話じゃあないってことらしいんだし」


 いち早く朝飯を平らげたサーミャがそう言った。リザードマンは獣人に近いからなのか、それとも一緒に狩りに行った仲だからなのか、このところサーミャはカレンに気安い。

 今後の展開次第ではサーミャにも悲しい思いをさせかねないのだが、疑念をサーミャに伝えることはなんとなく憚られた。

 アンネやリケには伝えたのに、我ながら不思議というか中途半端だなと思うのだが、疑念が本当だったとして、カレンについて何も知らずただの思い出として記憶しておいてくれる家族がいて欲しかったのかも知れない。

 俺はサーミャの言葉に「そうね」と笑うカレンを複雑な気持ちで見るしかなかった。


 朝飯が終わって軽く片付けをしたら、神棚に拝礼をする。北方出身のカレンのそれは他の家族に負けず劣らず堂に入っている。

 こうして1日の作業の無事を祈願したあと、家族全員で獲物を回収に向かった。


 獲物の回収はスムーズに済んだ。いつもと少し違ったのは、獲物がやたらデカかったことだ。


「こんなデカブツ追い回してたら、そりゃあ泥だらけにもなるな」


 湖に沈んだ図体を見た時、俺は思わずそう呟いたものだ。サーミャ曰くはたまにこういうやたらとデカいのが現れるそうで、これは魔力の影響も多少あるだろうとリディが補足していた。


 デカいだけでやることはいつもと変わらない。木に吊るして皮を剥ぎ、肉に切り分けていく。いつもよりかなり多くの肉になって、今後の家族の胃袋を満たしていくことになる。

 そこにカレンがいるのかどうか、それが分かるまで後数日だ。


 獲物を回収してきたときのお楽しみ、大量の肉のうち、保存しないものを焼いて味噌や醤油、そしてワインでそれぞれに味をつけたものを昼飯として出す。今日は午後も普通の作業なので、ここで精をつけておいてもらわなきゃな。


 鍛冶場の炉と火床に火が回ると午後の作業開始だ。これもみんな手慣れたもので、テキパキと作業をこなしていく。

 俺の作業はカレンに見ておいてもらうことにした。勉強になるのかどうかはわからんが、ここで見せないのも不自然だと思ったからだ。

 今日から作る量産品と高級モデルは仕上げの違いだけで鎚で2、3度叩いて完成するというものでもない。思惑の有無はさておき、それなりに見ておくところはあるはずだ。

 俺が見取り稽古を言うと、カレンは一も二もなく頷いた。そして俺の一挙手一投足、その全てを一瞬たりとも見逃すまいと作業を見ている。

 こうやってカレンの様子を見ていると、疑念はただの杞憂で、いもしない幽霊にビクビクしているだけなのでは、と思えてくる。そうであればいいなとさえ。


 俺は手早くナイフを作っていきながら、ちゃんと教えるつもりでやるのはこれがはじめてだったなと、ようやっと気がついたのだった。

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