お嬢様は泥遊びがお好き

 昼飯を食った後は、2人で剣を作るのに集中した。

 型に鋼を流し、冷えて固まるまで待ち、型から外したらそれを熱して形を整え(そして魔力をこめ)、焼入れ、焼戻し、刃付けとこなしていく。

 慣れた2人の作業なので、作業はスムーズに進んでいく。途中で型が足りなくなるかと思ったくらいだ。


 やがて、結構な数の剣が鍛冶場の片隅に積み上げられた。ナイフは木箱に入れてある。当然ながら個包装はしていないのだが、鞘には入れてあるので刃が傷んだりすることはない。


「数としちゃ、こんなもんかなぁ」

「十分だと思いますよ」


 鍛冶場の中はまだ熱気が充満している。俺とリケは汗を流しながら、今日の“戦利品”を眺めた。一昨日までと大きく違うのは、この後、風呂に入って汗を流せることだな。


「普通のは明日から量産するわけだし、これは余裕で間に合いそうだな」

「ですね。まぁ、こんな速度で量産できるのがおかしいと言えばおかしいんですけどね」

「それはそうだ」


 普通なら3週間をまるまる使うような量である。ここに来はじめの頃なら俺も3週間かけていたかも知れない。

 だが、ここに来てしばらく、色んなものを作ってきた。中には一筋縄でいかないものもあった。未だにチートを頼りにしているのは変わらないのだが、少しずつそれが馴染んできたような感覚もある。

 鍛冶屋としてのんびり暮らしていくという目的だけなら、今くらいでゆるゆるとやっていくのも悪くないんだろうな。まぁ、せっかく貰ったチートなのだ、どこまで何ができるのかは知っておきたいので、もう少し頑張っていこうとは思っているが。


 少し早めだが今日はあがりにしてしまい、火を落として後片付けを済ませていると、ドヤドヤと外から声が聞こえてきた。どうやら狩りに出ていたみんなが戻ってきたらしい。

 俺とリケは表に出て出迎えることにした。そして、そこで俺たちが見たものは。


「うわぁ、ドロッドロじゃないか」


 ヌタ場でドロ浴びを満喫した猪でもここまでにはなるまいと言うほどに、頭の天辺から足の先まで泥に塗れた家族の姿だった。


「今日は猪を追いかけてたんだけど、途中にぬかるみになってるところがあってさぁ」


 手足に生えている毛に泥をこびりつかせたサーミャが鼻の頭に皺を寄せて言った。


「よりによってそこで倒れたもんで、みんなで仕留めようとしたら暴れる暴れる」


 言葉を引き継いだのはヘレンだ。彼女もあちこちに泥をまとわりつかせていた。それでも他の家族よりも泥の量が少ないのは“迅雷”の面目躍如……でいいのだろうか、この場合。


「やっと仕留めたと思ったら、クルルとルーシーがはしゃぎまわってしまって……」

「ああ」


 リディが続き、俺はため息を漏らした。リディもその綺麗な髪にまで泥がついていた。クルルとルーシーから見れば、みんなで泥遊びをしているように見えたのかも知れない。さぞかし喜んで泥の中をはしゃぎまわったことだろう。容易に想像がつく。

 当の娘さんたちはよほど楽しかったと見えて、今もご機嫌にあたりを走り回っている。


「これでも湖に沈めたときに少しは落としてきたんだけど、もう早いこと家に帰って温泉に入ったほうが良いんじゃないかって」


 そう言ったのは、娘たちの様子を微笑ましさ半分、困り顔半分で見ているディアナである。せっかく出来た設備だから有効活用するのは良いことだと思う。

 しかし、落としてきてこれ、ということは落とす前はもっと酷かったってことだ。いつになく皆が疲れ切った顔(それもアンネなんかは泥でわかりにくいが)をしているのもむべなるかな、である。


「俺とリケも今日の分は終えたとこだし、このまま温泉に浸かりに行こう。家には泥をあげないようにな。靴は温泉に入る前に井戸水で綺麗に流しておくこと」


 俺がそう言うと、ハキハキとは決して言えない返事が、まばらに帰ってくるのだった。

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