作業の合間
朝の日課を終えて、家族の皆を見送った。いつも通り、と言えばいつも通りの朝だ。鍛冶場に火を入れると、ジワジワと温度が上がっていく。俺はこの時間が結構好きだ。温度の上昇とともに、やる気が漲ってくる。
しかし、今日は少しだけ違った。ゆっくりと赤さを増していく火床と炉を眺めながら、ぼんやりと物思いにふける。
サーミャは嘘を見破れる。しかし、それは匂いによるものなので、「暴こう」と意識していないとわかりにくいし、言っていることが「嘘ではない」場合には見破る(使うのは視覚でなく嗅覚だが)のは難しいのだそうだ。
つまり、カレンが話したこと、それが大筋では嘘ではなかった場合にはバレにくい、ということだ。
彼女が語ったことをかいつまめば、「地元を追い出され、いっぱしの鍛冶師になるまでは戻ってくるな、と言われたのでうちに弟子入りしに来た」である。
これは「任務として地元を追い出され、いっぱしの鍛冶師になるという名目で、しばらく弟子入りしろ」という話でも、大筋は嘘ではないことになる。語った内容から言えば本当でもないが。
今からでも問い詰めることはできるわけだが、その場合、最終的な意図をはぐらかされる可能性もあるわけで――。
「……かた。親方!」
「おっと」
リケに呼びかけられ、意識が引き戻される。見れば火床も炉も十分に熱されていた。
「すまんすまん、それじゃあ、はじめようか」
「はい!」
一瞬怪訝そうな顔をしたが、リケは元気に返事をしてくれた。さて、今日の仕事を頑張らなきゃな。
昼飯の時間より少し前まではナイフを作っていく。板金を火床で熱し、適温で叩きつつ魔力をこめて形を作り、焼入れと焼戻しをしてから研ぐ。
特注モデルの場合ならともかく、今回は高級モデル、それも変わった素材ではなく扱い慣れた鋼だ。作業はスムーズに進んでいく。
正直、目をつぶっていてすらできるのではと思うが、さすがにそこまで舐めた真似はできない。一つ一つの製品の出来については、俺が責任をもってやらなければいけないのだ。
剣は型に鋼を流して冷えるのを待つ必要があるので、みんなが作り置きしておいてくれた型にどんどん溶けた鋼を流し込んでいく。型に流すのも俺がやるときには容器の傾け具合だのがチートでわかるので、それに従ってやっていく。
「うーん」
一通り流し終え、昼飯にしようかというタイミングで手伝っていたリケが首をかしげる。何か手違いでも起こしただろうか。ちょっと今日は気もそぞろすぎるな、いかんいかんと思っていると、リケが言った。
「いえ、ちょっと不思議に思いまして」
「不思議?」
今度は俺が首をかしげる番だった。リケが頷く。
「カレンさんはなんであっちに行ったんでしょうねぇ」
「ああ……」
まぁ、疑問に思うわな。サーミャは分からんが、ディアナあたりも薄々思っていそうな気はする。
「とりあえず、それは昼飯を食いながらにしよう」
「え? あ、はい、分かりました」
俺は火床と炉の火を一旦落とす。火床の方は送風を止めるだけだが。そうしてから、2人で家の方に戻った。
「密偵……ですか?」
スープを呑み込んだリケが言った。俺はパンを頬張りながら頷く。
「まぁ、可能性としてありえるという話だがな」
俺はそう前置きして、先日アンネと話したことをリケにも説明した。
姉妹弟子だからということもあってか、リケはなにかとカレンを気にかけていたので、もう少しショックを受けるかと思ったが、
「なるほど」
意外と反応はあっさりしていた。いつもの、ともすれば可愛らしいとあらわせる表情はさほど曇っていない。
「驚かないんだな」
「ああいえ、驚いてますよ。ただ……」
リケの顔に一瞬の逡巡が走る。しかし、それは外で風の音がするのと同時に消えていた。
「なんと言えばいいんでしょう、違和感があったんですよね」
「違和感?」
「ええ。腕前は確かでした。そこらの鍛冶師と遜色ないくらいに」
「そうだな」
それは俺も認めるところだ。少なくともあのナイフの出来は、外に出して恥ずかしいものではない。改善の余地が多々あるのは確かでもあったが。
「逆にそれがおかしいなと思ったんですよ」
「え?」
「彼女、もしかして――」
リケは匙を置き、まっすぐに俺を見た。
「もっとできるのに隠してないですかね」
俺は自分が目を見開くのを自覚した。
「それは、つまり、『うちであまり鍛冶仕事をやりたがらないのは実力がないのがバレるから』ではなく、『もっと実力があることがバレる機会を減らしている』と?」
「ええ」
リケは力強く頷いた。
「よく考えてみてください。それなり以上の品質のものが作れる鍛冶屋に素人を向かわせても、『見たし、貰ったけど確かに凄かったから多分あの人がそう』で終わってしまうのでは?」
「それは……そうだな……」
なんで気が付かなかったのだろう、と思うくらいシンプルだ。特注モデルを彼女に渡した。凄いものだということは使えば誰にでもわかるだろうが、その出来栄えを評することが例えば街の主婦に分かるかといえば分からないだろう。
前の世界で言えばゾリンゲンと堺や関の包丁を比べて、どれも良く切れることは誰でも分かるが、どこの製品なのか分かる人間はそんなにいない、というのと同じだ。
俺たちの疑念がただの疑念でない場合、その「どこの製品なのか」を知る必要がカレンにはあるわけで、それにはある程度以上に目利きができなくてはいけない。つまり、それなり以上の経験がないと厳しい。
となれば、カレンの本当の鍛冶の腕前は……。
「親方」
再び考え込んだ俺に、リケが心配そうに声をかけた。
「親方は、もし北方に帰らないかと言われたら、帰りますか?」
じっと見つめてくるリケ。俺はすぐに首を横に振った。
「いや。俺はここが終の棲家だと思ってるよ。北方に帰る気はさらさらないね」
努めて明るく俺は言った。北方に行ったところで誰がいるわけでもない。俺が守りたいのはここでの“いつも”であって、それ以外ではないのだ。
大きくため息を漏らしたリケの頭を、久しぶりに俺はガシガシと撫でるのだった。
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