悩みのタネ
疲れを湯に溶かしながら、今後のことを考える。カレンの真意は納品、というかおそらく彼女の家族が迎えに来た時に直接切り出すのもありかも知れない。
それですんなり教えてくれるかどうかは怪しいところだが、出方で真意の一部でもわかれば御の字だ。
アンネがどう思っているかはわからないが、俺は真意を直接問いただすのもありかなと思っている。すっとぼけるなら、それはそれで“そういうこと”なのだろう、と納得できるし。
「悩み事も溶けて流れていってくれればいいんだがな」
俺は隣に聞こえないような大きさで愚痴る。その愚痴は、流れる湯の音に紛れて流れていった。
その日の夕食の時である。当然の話ではあるが、温泉の話題が出た。
「アタシは温泉にまだ慣れないかなぁ……。なんか変な感じがする」
「サーミャは水に浸かるのも慣れないって言ってたものね」
サーミャの言葉に、リケがフフっと笑う。この2人はディアナが来る少し前くらいにも時々2人で湖に行って身体を綺麗にしていたが、どうにもサーミャが慣れなかったらしく、最近はその回数も減っていた。
かなりドロドロに汚れた場合のみ、女性陣全員で連れだって湖へ行っていたのだが、今後温泉でその回数が増えれば、虎も入るくらいなのだし、いずれ気持ちよさがわかるだろう……多分。
それとは対象的に、
「あれだけの温泉はなかなかないですね!」
と言ったのはカレンだ。うんうんと頷いているのはアンネである。
ここは別に謀略とは関係のないところだからな。意見に対して素直に同意しているだけだろう。アンネは自国の温泉に行ったことがあるとか言ってたので、そのときと比べているようである。
ヘレンがのんびりと口の中の肉を呑み込んでから言った。
「毎日湯に浸かる貴族がいるとは聞いたことあるけど、納得はできるなぁ」
「まぁ、ほんのごく一部だけどね」
引き取ったのはディアナである。ディアナはカップを干してから続ける。
「毎日身体を浸けるのに十分なお湯を、浸かるのに丁度いい温度で用意するなんて、普通は『バカげてる』の一言で終わっちゃうわよ」
「アタイたちのところで言い出したら『正気か?』って言われるなぁ」
「でしょ?」
浸かるために貴重な燃料まで使って湯を沸かす、というのはまだまだこの世界では一般的でない。場所によっては水が豊富に手に入るわけでもないしなぁ。
ここみたいに燃料になる木が豊富にあって、ほど近いところにいくら汲んでも大丈夫そうな水場があってさえ、風呂を作るところまでは踏み切れなかった。
今回はその貴重な燃料や水資源を直接消費することのない温泉を確保できたから作っただけで。
「でも、あれのおかげでスッキリした気分になった気がしますね」
「魔力か何かが影響してるのかしらね」
「はっきりとは断言できませんが、そうかも知れません」
リディとアンネが会話を交わす。アンネが一瞬カレンの方を見たので、アンネの質問にはカマかけの意味もあったのかも知れない。
「ああ、そう言えば、前の狩りから日にちがあいたから、明日は狩りに行くならそれでもいいぞ」
「えっ!?」
俺の言葉に、サーミャが喜び半分、驚き半分で目を丸くした。
「あ、でも、納品はいいのかよ?」
すぐにしょんぼりした顔になるサーミャ。俺は笑って言った。
「前のときにある程度作ったし、今日の作業を高級モデルメインにして、明日明後日で量産すれば間に合う」
まぁ、間に合うもなにも、納品物の数はきっちり決まっているわけではなく、「カミロのところへ持っていった分だけ買い取る」という契約なので、「作れるだけ作って持っていけばそれでOK」なのだ。
普段はその売上とカミロから買う生活用品の代金を相殺しても、こちらに収入があるくらいの量を持っていっている。もし売上が足りなければ、差額を支払うだけだ。
いつも生活用品は「予定する消費量より少し多めの量」でお願いしていて、備蓄としては1ヶ月か2ヶ月くらいはもつだけの量があるし、仮に入手できる量が1回減ったところで問題ない。備蓄のために倉庫を建てたのだしな。
「大丈夫だよな?」
「ええ。大丈夫だと思います。」
リケはしっかり頷いてくれた。それで、まだ少し迷っていたサーミャも、
「それなら行こうかな」
と、あっさり行く方に傾く。「みんなも行っていいんだぞ」と俺が言うと、「私も」「じゃあアタイも」とみんな一緒に狩りの方へ行くことを表明する。
そして、その中にはカレンも含まれていた。ちらっと視線を交わす俺とアンネ。まだもう少し、俺の悩みのタネは消えてくれそうになかった。
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