湯殿の完成
結局の所、特に何事もなく樋作りも、支柱も排水溝も作業は進んでいった。
カレンが何か腹黒いものを抱えていたとしても、誰かに手出しできるような状態ではないしなぁ。
今、何かあれば下手人が誰なのかは一目瞭然だし、カレンにはこの森から独力で抜けられるだけの能力はなさそうだ。
これはヘレンと何度か剣を合わせて実感したことからのフィードバックでの判断なので、念入りに隠していたりすれば分からないが。
こうして粛々と進んでいき、樋の設置に取り掛かっていく。樋から浴槽へ流れるお湯は、三叉に分岐している樋で男湯と女湯で分割するようにした。
樋の1つは女湯、1つは男湯、残りの1つは直接排水溝へ向かうものだ。一応、湯元の方で湯殿へ湯が行かないルートにもできるが、こちらで女湯男湯双方を止め、排水溝ルートのみ残して、それぞれに湯が来ないようにできるようにした。
もちろん、男湯ルートを塞いで、女湯と排水溝を残せば女湯のみに湯が行くようにすることもできるし、その逆もできる。湯元から湯殿間のメンテナンスが不要で、ちょっとお湯を止めたい場合にはこちらで出来たほうが良かろうとの判断である。
最後に、湯殿を囲う壁を樋の設置と前後して開始した。外から覗き込めないよう、壁の前後の樋には蓋もつけ、壁との隙間ができないようにした。
工夫すべき場所、といえばそれくらいなもので、あとは壁を作っていくだけだ。壁は横木の桟に千鳥に木の板を打ち付けていく。横木の表、裏、表、裏の順で、それぞれの端が重なるように。
こうすればある程度の通気性を確保しつつ、外から見えないようにできる。まぁ、壁は浴槽や洗い場から離して設置してあるので、よほど近づかなければ見えないのだが。
屋根から壁の上端までは結構空けてあって、そこからも湯気が逃げるようにしてある。雨の日でも入浴は可能だが、あまりに強い日は吹き込んでくるかも知れない。そんなときはそもそも渡り廊下を行く間に雨で濡れてしまうだろうが。
そうして、明日には納品用の品を作り始めないといけなくなる頃。つまり、カミロのところへカレンを連れていくまで、あと3~4日と迫った頃、俺は大声で言った。
「よーし、それじゃあやるぞー」
少し離れたところにいるから「おー」と声が返ってくる。俺がいるのは湯元のところ、湯殿と排水側の切替部分。湯殿の切替部分で女湯と男湯に湯が流れるようにしてあるのは何度も確認した。
つまり、ここで今は排水側になっており、音を立てて排水側へ流れている湯を湯殿側へ切り替えて、いよいよ湯殿に湯を回していくのだ。
「よいせ」
俺は湯殿側にささっている止水栓の板を引っこ抜き、排水側へさしなおす。すると、勢いよく樋を湯が走り始めた。
「おー、来た来た!」
サーミャがはしゃいで、他のみんなもワッと拍手した。ルーシーも「すっかり重くなってきた」と嬉しそうにボヤくディアナに抱っこされ、樋の様子を見て尻尾を勢いよく振っている。
湯はみんなのところまであっという間に到達した。それをみんな走って追いかけると、程なく湯殿にたどりつく。そこには壁だ。みんなは回り込んで湯殿に飛び込んでいき、やがて、中からやんやと騒ぐ声が聞こえてきた。流れる音もしているから、無事に浴槽へと湯が入り始めたのだろう。
俺はと言うと、そんなみんなを見守りつつ、樋から大幅に湯が漏れ出していないかを確認しながら、湯殿へ向かう。浴槽に湯が入る瞬間を見たかった気もするが、なに、今後掃除のときなんかにでも見られるだろう。
湯元から湯殿の間の樋は、ところどころでじんわりと水が出ているようだが、どれもいずれ湯で水分を含み膨らめば止まりそうだった。点検は必要だろうが、当面は心配なさそうである。
俺はみんなの後を追って女湯に入った。これで俺が女湯に入るのは最後になるだろう。次からは絶対的な不可侵領域だ。
「おお、なかなかじゃないか」
源泉の湯量が多いので、全部はこちらに回していない。しかし、それでも樋からはかなりの量の湯が音を立てて浴槽に流れ込んでいる。
浴槽に湯が貯まりきるには今しばらく時間が必要だろうが、ここらの後片付けなんかをしてもう一汗かいたあとには十分入れそうである。
「このあと浸かるのが楽しみですね!」
そう真っ先に言ったのはカレンである。彼女もこの2週間近く、慣れないであろう作業を一生懸命にこなしていたように思う。
疑いが晴れているわけではないが、その部分については純粋に労うべきだろう。そう思い、俺は彼女に笑顔で、
「そうだな。北方人としては待ち遠しいよなぁ。よく頑張ったな」
と、言うのだった。
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