道半ば

 翌日。今日も空は抜けるように青く高く、森のみなさん向けの温泉は賑わっていた。今日は肉食獣は来ていない。

 しかし、野生の動物たちがこうも浸かりにくる、ということは泉質的な何かがあるんだろうか。

 今のところ揉め事も起きていないようだし、リディも何も言わないので悪影響があるわけではないみたいだから特に何か対処しようとは思わないが。いずれ俺たちが浸かるようになったら分かるか。


「今日は昨日と同じ感じで、男湯の方だな」

「わかった」


 ショベルを担いだヘレンに俺が言うと、彼女は大きく頷いた。

 今日これからやることは昨日までと全く一緒だ。しかし、地面を掘る範囲は狭く、作る浴槽は小さい。そして、最近やったことのある作業で習熟度合いが維持されたままである。

 となれば、当然のことながら……。


「結構あっという間に片付いたなぁ」

「そうだな」


 今度はヘレンに言われて、俺が頷いた。目の前には地面に埋まった浴槽がある。大きさは女子とは比べるべくもない。2~3人が入れるかな、くらいだ。なぜかうちには男があまり来ないからな。なぜなのか問いただせるならウォッチドッグに問いただしたいところだが。

 時間はまだ昼飯を食い終わってからさほど経っていない。日暮れまでにもう1つ同じものを作れと言われてもできそうだな。


「今日は一旦向こうを手伝おう」

「そうだな」


 肩をぐるぐる回しながら、俺とヘレンは皆がトンカンやっている湯殿に向かう。と言ってもほとんど真後ろだ。

 その湯殿にしても、もう床はだいたいはりおわっていて、後は壁と屋根の一部を残すのみという感じまで進んでいたのだが。

 俺は陣頭指揮を取っていたディアナに声をかける。


「もうこんなに進んでるのか、早いな」

「あら、エイゾウ。そうね。カレンの要領もいいし、手分けできてるからね」


 ディアナはちらりと浴槽の方を見てから、俺に答えた。カレンの手先の器用さは、彼女が示した鍛冶の腕前で俺も知っているし、このところ作業しているところを見ても大丈夫そうだった。

 北方から来る前に何をどれくらいやってきたのか、まだその全てを聞けてはいないが、うちの工房で作業していくにあたって何らか支障のあることはない、と思って良さそうだな。


「こっち手伝おうか?」

「う~ん、そうねぇ」


 ディアナはおとがいに指を当てて考える。下手に俺たちが入って作業が遅れてもよろしくはない。その判断は作業を指揮していたディアナに任せよう。

 少しして、ディアナは判断を下した。


「こっちは今のメンバーで大丈夫だと思うわ。それより、お湯を引いてくる樋か、ここまでの渡り廊下の準備をしてもらったほうがいいかも」

「なるほど、それはそうだな。わかった」

「よろしくね」

「おう、任された」


 俺は胸をドンと叩く。ディアナと俺は顔を見合わせて笑った。


 ヘレンのもとに戻った俺は、早速彼女に相談した。まずは樋をやるか、廊下をやるかだ。


「てことで、どうする? 俺はどっちでもいいが」

「体動かせるほうがいいかなぁ」


 頭の後ろで手を組んだヘレンが言った。ふむ、それなら。


「廊下をやるか。ちょっと伐らないといけない木もあることだし」

「おっ、それなら任せとけ!」


 ヘレンは袖を捲くりあげたかと思うと、斧を取りにすっ飛んでいく。俺はそれを笑いながら見送る。ヘレンは“迅雷”の二つ名を体現するかのように、すごい早さで戻ってきた。


「で、どれを伐るんだ?」

「えーと、家があっちだから……」


 家のある方角を見た。なるべく木に被らないルートを取ったとしても、避けるのでなければ数本の木がルート上にある。それらは伐採して取り除き、ありがたく木材として再利用させてもらうのだ。

 俺はその伐採する木に近づいた。


「これと……これと……ここもか」


 どれを伐ればいいのか分かりやすいよう、ナイフでバツ印をつけていく。あんまり深くつけるとその部分が使いにくくなるが、浅いと今度は見えにくい。ただのマーキングだから、あまりチートも働かないのでやや慎重に行った。


「よっしゃ任せろ!」


 マーキングを終えると、ヘレンがそのうちの1本の前で斧を構え、勢いよく振りきる。前の世界のプロ野球選手もかくやというほどの見事なスイング。それが木に当たったところで「コーン」と大きな、しかし小気味よい音が森に響いた。

 斧が当たった木は一見すると何事も起きていない。だが、俺達は知っている。このあと何が起きるのか。

 はたして、思ったとおり木はズルズルと斧が当たったところからズレていき、やがてズズンと音をたてて倒れた。切り口は製材したかのように綺麗である。


「次はどれだ?」


 倒した獲物には興味がない、と言わんばかりに次の標的を探すヘレン。さすが歴戦の傭兵、と妙な感心をしながら、俺は「あれだな」と次の標的を指示するのだった。


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