娘たち

 最初、俺は自分の目を疑った。しかし、それはすぐに納得へと変わっていった。

 いつか、こうなるとは思っていた。そうならないはずがなかったのだ。今までを考えてみれば当然だ。

 俺は目にしたものを言葉にした。その光景を確定させるかのように。


「虎……だよな?」

「虎だな……」


 俺が口にした言葉に、サーミャが返した。俺の肩のHPは今日も順当に減っている。

 俺たちが目にしているのは、鹿や兎、狸と一緒にのんびりと湯に浸かっている虎だ。傍らでは小鳥も羽で湯を巻き上げて気持ちよさそうにしている。

 その湯が虎にもかなりかかっているのだが、虎は意に介した風もなく、目をつぶってのんびりしている。そして、その耳はこちらに向いているから、こちらの存在にも気がついているはずだ。

 それでも、虎はのんびりと湯に浸かったままである。


「まぁ、特に何もしないで浸かってるだけならほっとくか……」

「そうだな……」


 俺とサーミャは顔を見合わせてそう言った。さて、作業にかかろう……。


 今日の作業はいわゆる「昨日の続き」だ。俺とヘレンが浴槽を作り、他のみんなで湯殿を建てていく作業になる。釘を打ったり、木を削ったりする音が森の中に響く。

 作業のとき、皆の間にはあまり会話はない。時々、言葉少なに指示や相談の声が飛び交うくらいだ。そこに、時折ルーシーの「わんわん!」という声が混じる。

 ふと見てみると、ルーシーとハヤテが追いかけっこをしていた。カレンによれば年齢はともかく、ハヤテはあの大きさで既に成竜なのだそうだ。あそこより大きくなられても困るのも事実だが。

 ともあれ、“一番上のお姉ちゃん”(クルルはまだ成竜ではないらしいので)のハヤテが“妹”のルーシーをかまってやっている状態である。

 自分が子供だった時、親父もこんな気持ちで俺を眺めていたのかなと、少し感慨深い気持ちになりながら、俺は自分の作業に戻ろうとする。そこへ、ヘレンが声をかけてきた。


「エイゾウ、なんだか今すごく優しい目をしてた」

「そうか?」

「ああ」

「まぁ、うちの可愛い娘たちだからな。親が見ればそうもなるさ」

「ハヤテも?」

「そうだな。もうウチの娘みたいなもんだなぁ」


 来てそんなに経っていないのだが、「うちの家族に優しくするのはそいつも家族だ」みたいな、ちょっと暑苦しいかもしれない認識がある。

 俺の答えに、ヘレンは「そうか」と優しい顔で微笑むと、彼女も自分の仕事に戻った。


 作業の間に昼食や休憩(クルルたちと遊ぶの含む)、そして排水池の様子を見に行ったりした。虎はいつの間にか立ち去っていて、姿が見えなくなっていた。暴れた様子は見受けられないので、大人しく浸かって帰っていっただけのようである。

 今は比較的おとなしい類の動物たちが浸かっていて、森狼もいないので肉食獣がここに来ることはそんなにないのかも知れない。まぁ、時折様子を見て、事故があるようならその時に対策だな。危なそうなら草食獣のほうが勝手に逃げてくれるとは思いたい。


 そうして、順調に時間は過ぎていき、浴槽は完成した。湯殿や目隠しの壁がないので、森の中に突然浴槽があらわれたような見かけになっている。


「俺たちが入る分には問題なさそうだが、こっちに小さい子……小さい動物が入っちゃわないように蓋しておくか」

「そうだな。板持ってくるよ」

「頼んだ」

「おう」


 そう言ってヘレンは駆けていった。そちらには壁の一部が出来上がりつつある湯殿の姿が見える。今であの様子なら明日に出来るということはないだろう。男湯のほうもまるまる残っているし。

 あらためて浴槽を見る。地面に半ば埋まっている浴槽だ。まだギリギリ明るいので浴槽だと分かるが、夜中になれば一種の落とし穴として機能しかねない。

 明日もここへは来るから、万が一落ちてしまって上がれなくなった動物がいたとしても、救助は出来ると思うのだが、数が多かったりすると厄介だし、少しの間でも怖い思いをさせるのは本意ではないからな。

 パタパタとヘレンが板を担いで戻ってくる。そこそこの重さだろうに、軽い足取りだ。浴槽が完成したのが嬉しいのもあるだろうな。


「持ってきた!」

「おう、ありがとう。じゃ、軽く打ち付けとこう」

「わかった」


 俺とヘレンは浴槽の上に少なめの釘で手早く板を打ち付けた。打ち付け終わったところを一見すると大きな井戸のようだ。

 俺は、木の板でなく、湯をはったところを早く見てみたいなと思いながら、道具を片付け始めるのだった。

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