活力

 今日みたいに何かを具体的に作り上げていった日は、飯が進むような気がする。

 作業量的には昨日の木材運搬や縄張りもそれなりに大変だったし、俺とヘレンについては昨日のほうが肉体を酷使したとすら言えるのだが、それとどれくらい身体が食事を欲するかは別なようだ。

 まぁ、そんなわけで並べた飯がモリモリと減っていっているわけである。前の世界のアニメ映画で、空賊一味がこんな感じになってるシーンがあったな。あれは料理を作ったのは女の子で、食ってるのが男だったけど。


「食材の備蓄は足りてるよなぁ」


 そんな心配が口をついて出るほどには皆モリモリ食べている。俺の言葉を聞いたリディが上品に口の中のものを飲み込んでから言った。


「物置の食品棚のはないですけど、倉庫に塩漬けのと干したのとがまだ沢山ありますよ」

「じゃあ、食料の確保という点では狩りに出る必要はあんまりないのか」

「そうですね」


 リディは頷く。ちなみに彼女は所作が上品に見えるだけで、食べるスピードは他と負けず劣らずである。


 うちにおける食材は、消費より貯蔵するペースのほうが若干早い。倉庫の保存食は徐々に増えている状況だ。今は古いものから消費していけば大丈夫だが、そのうち廃棄を考える時が来る可能性は十分にある。

 そこで、燻製することにより長く保存できるようにすれば貯蔵しておける期間が延びる。なので、燻製小屋を建てて燻製を作れるようにしておくのは意味のあることだろう。

 ただ、そこまでして貯蔵可能な量を増やさねばならないという程でもない。1人とちょっと分消費が増えて、消費と貯蔵のバランスが良くなったわけだし。温泉の湯殿が終わった後に何を作るかは別途考えどころかも知れない。


 とは言え、だ。今現在、食材の乾燥設備として役に立っているのは鍛冶場なのである。火や高温の物体を扱っていて気温の高い時間が長く、空気が乾燥している、という点が何かを乾燥させるのに適しているのは確かだ。

 確かなのだが、いささか生活感が出過ぎなのが、ずっと引っかかっている。まぁ、森暮らしの鍛冶場と考えれば、逆に風情があると言えなくもないし、鍛冶場も生活空間の一部と言われればそうなのだけれど。

 煙を煙突から排出するかどうか選択できるような、ストーブのようなものを置いた小屋を用意すれば乾燥小屋としても、燻製小屋としても使えそうだし、鍛冶場の生活感問題も解消するのだ。いつ切り出すかはさておき、いつかは進言してみるか……。


「森の中でこんな生活できたら十分すぎますよ」


 ワインをあおりつつ、そうヘレンに言っているのはカレンだ。ヘレンは「そうだよなぁ」とか言いながら笑っている。カレンが来てまだ2日かそこらなのだが、すっかり我が工房に馴染みつつある。“同じ釜の飯”の効果だろうか。今も醤油と果実ベースのタレで猪肉を煮豚っぽくしたものを「おお……これは……」などと言いながらモリモリ食べている。


「確かにこれは酒とまでは言わなくても、米が欲しくなりますね」

「そうなんですか?」


 カレンの言葉にリケが相槌を打ち、カレンは頷いた。リケはまだくだけた話し方にはなっていない。


「北方の私達のあたりは何でもかんでも米と一緒に食べようとするんですけどね。米の上にこういうのをのっけて食べる人もいました。行儀が悪いからって、うちではできませんでしたけど」


 リケがほほぅと感心し、その横で俺は黙って頷いた。あらゆるものを一旦は米の上にのせて丼として食おうとする文化があるのは、こっちでもそう違いがないらしい。

 一方で、丼ものを「行儀が悪い」と忌避する感じも根強くあるようだ。少なくとも「お武家様」のところで出せるような食事ではないようである。


「作業のほうはどうだ? 鍛冶とは勝手が違うし、まだ慣れてないと思うが」


 言ってから、娘に様子を聞くお父さんみたいだなと思ったが、まあいい、心情的にはそう変わらない。カレンの年齢次第では、実際に親子くらい歳が離れているかも知れないんだし。


「そうですね、今は慣れてなくて大変ですけど、みなさんもいますし、すぐに慣れると思います」


 カレンはそう言って小さく笑った。ワインをぐいっとあおったアンネが続ける。


「手先は器用だし、言われたことの理解も早いから、エイゾウが心配するようなことは今のところないわね」

「そうか、しばらく鍛冶の仕事じゃなくてすまんが、頼んだぞ」

「はい! 師匠!」


 カレンが冗談めかして返事をすると、食卓に笑い声が響く。そしてそれは、確実に明日の活力に変わっていった。


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書籍化作業その他によりまして、7/23(金)の掲載はお休みをいただき、次回の掲載は7/26(月)とさせていただきます。

どうぞご理解、ご寛恕のほどよろしくお願いいたします。

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