浴槽
浴槽、と言うと大層なものに思えてしまうのだが、要は前に作った貯水槽と同じものではある。今回は中に人が入ることもあって底もキッチリ作り切る、というだけだ。
ちなみに貯水槽は新しく井戸が出来てその日の水については困らなくなったことで、すっかり出番を失いつつあるが、それでも消火その他緊急用水としての役割は果たすだろうとそのままにしてある。
飲用や調理用には使わないので、いずれ苔むして良い感じの侘び寂び感が出るだろうか。今うちでそれが理解できそうなのはカレンだけだが。ただの黒カビとかだったらやだな。
浴槽の設置スペースはそれなりの大きさになった。ということはつまり、浴槽もそれなりのサイズになる。
幸いにして、と言っていいのかはわからないが、たんまりと作ってもらった板材は元の木が大きかったこともあって“枠”を作るには十分なサイズだ。
「とりあえず、大きさを決めちまうな」
「おう」
俺はヘレンに声をかけて、板を手早く長方形に組む。板は端を凹の字と凸の字に切り欠いて、それを噛み合わせ、釘でとめる。釘は半ば仮固定のようなもので、水気を含んで膨らんだ板がそれぞれ噛み合ってとまってくれる……はずだ。
水圧で緩んでこないかという問題については、掘った穴に埋めることで解決できる……と思いたい。ギリギリ生産という判定なのか、そのあたりはいまいちベストが出てこないのだ。
ひとまずは手早く1列だけ組んで穴にあわせてみる。こっちはバリバリの生産なので、一発でピッタリのサイズなのが分かった。後はこれに底と横をつければ完成である。
上に板を積むように重ねていく都合上、上辺と底辺に当たる部分も凸凹が噛み合うように加工する。底板の場合はそれが左右の辺で必要になるというわけだ。
ほとんど同じ作業を繰り返すので、俺は凸凹を彫っていく作業に集中し、組み上げるのをヘレンに任せることにした。彼女なら力もあるし、育ての親の影響もあってか手先もそれなりに器用なのだ。
完全に器用でないのは生みの親……前の世界風(?)に言うと遺伝子は侯爵のほうだからな。豪放磊落を絵に描いたようなのに知恵も回るあの御仁だが、決して手先が器用そうではない。
俺は脳裏に器用に刺繍をこなしていく侯爵の姿を思い浮かべ、頭を振ってそれを追い出した。まぁ、俺も前の世界ではちょっと手芸(ニードルフェルトとかぎ針編み)を嗜んでいたりもしたし、見かけや性別年齢で“ないない”とするのは失礼かも知れないし。
日がそろそろ作業の終わりを告げる頃になったが、まだ浴槽は半分程の高さまでである。そうは言っても今日の作業量を考えれば十分すぎるくらいの進捗と言っていいのだし、不満はない。
そして振り返ると……。
「おー、結構進んでるじゃないか」
「だろ?」
俺が感心すると、ドーンとサーミャが胸を張った。こちらもまだ完成には程遠いと言えるが、それでも「どんな感じの建物なのか」は分かるくらいになっている。柱が立ち、屋根の梁がかけられている。地面からそう高くはないが床板は一部がもう張られていた。
これはもしや2週間要らないかも知れないな……。いや、建造物に時間がかからずとも、その後に湯を引いてきたりといった作業まで入れれば、結構な時間をとることは想定できる。
まだまだ時間はあるのだ。焦らずに、時間が余れば休日にすればいいやくらいの気持ちでやっていこう。今後何十年とお世話になるはずの施設なんだし。
「よーし、それじゃあ今日は終いにしよう」
俺がそう言うと、皆から「はーい」と返事(もちろんクルルとルーシー、ハヤテからも)が来て、俺達は道具を一箇所にかため、短い家路についた。もちろん、帰る前に温泉の湯を汲んだことは言うまでもない。
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