カミロの手紙
カミロの直筆なのだろうか、あまり達筆とは言えない文字で手紙に書かれていたのは大した内容ではなかった。
要約すると「しばらく街を離れるので、次の納品は3週間後でも良いか? 2週間後でも番頭さんが応対できるからどっちでもいいけど、どっちにする?」という話である。
そこに都では侯爵とマリウスがドタバタしてるっぽいが詳細は現在不明、というちょっとしたニュースのようなものが付け足されてはいたが。
「これは、内容がどうこうよりも単に手紙が届くかどうか試したかっただけだな」
納品日を3週間後にするのかどうか確認しておきたかったのは確かだろうが、どっちでもいいならとりあえず番頭さんを残しておけばいいだけだ。この世界では貴重な通信手段である小竜を使うまでもない。
すわ一大事か、と身構えていた家族達はすっかり「なぁんだ」と肩を落としている。俺も心情的にはそっちに近い。
「まぁ、いざ使おうと思った時に実は届いてなかった、とかあると困るからなぁ」
「それはそうです」
俺が言うと、リディが頷いた。彼女は自分の住んでいた森が大変なことになったわけだし、その時にこういう高速な通信手段があれば、と思ったのかも知れない。
そんないざという時に困らないよう、こういう比較的どうでもいい内容で事前に確認しておいたほうがいい、というのは道理だと思う。最悪、返事が来なければ番頭さんを置いておけばそれで問題ないのだし。
「さて、早めに返したほうがいいかな。アラシ達は日が沈んでも平気なのか?」
俺はカレンに向かって言った。あたりはもう暗くなりつつある。視覚にのみ頼っているとしたら、今日返すのは止めにして明日の朝イチにしたほうがいいだろう。むざむざ迷子にさせることもない。だが、カレンは頷いた。
「一度こことあそこを行き来してるので、もう行き方は覚えてると思います」
「分かった」
カミロはそのあたりも見込んでこの時間に着くようにしたのかな。いざという時が晴天の昼間とは限らないわけだし、ある程度の悪条件を見込んでおくのも当然ではあるか。
「それじゃあ悪いが、ササッと返事を書こう」
俺が言うが早いか、リケが家に飛び込むように戻り、紙とペン、インクを持って戻ってくる。「ありがとう」と言ってから受け取り、紙には簡潔に「じゃ、3週間後で」という内容を記した。
侯爵とマリウスの件も気にはなるが、今聞いてどうこうなるものではなさそうだしな。
書いた手紙を確認していると、横から覗き込んできたカレンが言った。
「字、綺麗なんですね」
「そうか?」
「ええ」
カレンは頷き、今度は俺の目を見て言う。
「やっぱり、ちゃんとした教育を受けてらしたんですね」
「まさか」
俺は苦笑した。実際この世界での教育は受けていない。字が綺麗なのはウォッチドッグに貰ったチートの影響でしかないのだ。
そのように説明するのは、それこそまさかなので言ったりはしないが。今のところ家族も俺の家名は伏せてくれている。カミロからの手紙にも「エイゾウ」としか書かれていなかったし。いや、待てよ。
「魔法使ってて教育を受けてないってことはないと思います」
「あー……」
そうだった。いつものことなので、食事の準備や作業の準備でホイホイと使ってしまっていた。まぁ、あれも教育を受けて使えるようになったわけではないのだが……。
インクが乾いたのを確認して、アラシの足にくくりつけてやった後、俺は小さくため息をついた。そして、カレンに名前を告げる。
「エイゾウ・タンヤだ」
「タンヤ家……?」
怪訝な顔をするカレンに、俺は肩をすくめる。「タンヤ家」が実際に北方に存在するのかどうか、細かいところは“インストール”の知識は教えてくれなかった。
存在するならするで「隠し子の出奔」ということにするし、しない場合は「偽名」ということで通す。今のところ俺はこの“黒の森”から離れず、ここで鍛冶屋としてのんびり過ごしていくつもりをしている。つまり“黒の森に住んでる鍛冶屋のオッさん”ということさえ分かればよく、名前はどうでもいい……とカレンも思って欲しいものだが、それはちょっと調子が良すぎるだろうか。
一瞬の沈黙と緊張が走ったが、結局カレンは「タンヤ」という俺の家名についてはそれ以上触れなかった。代わりに、カレンはアラシの頭を撫でる。
「それじゃあ、お願いね」
アラシは「キュイキュイ」と鳴き、ハヤテの「キュッ」、クルルの「クルルゥ」、そしてルーシーの「わんわん!」という声に送られて、カミロの店へと飛び立って行く。
「さーて身体を拭いたら飯の支度だ!」
それを見送った俺は、大声でそう言って家の扉を開いた。カレンに怪しまれないままは難しいだろうな、どう説明したものか、そんなことを考えながら。
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