一日の始まり

「本当に師匠自ら水汲みをしてるんですね……」

「ああ、まぁね……」


 翌朝、俺がクルルやルーシー、そしてハヤテと一緒に水汲みから戻ってくると、起きていたカレンに言われ、俺はそう返した。

 呼び方が変わっているのは昨晩の歓迎会の最後に遡る。


「皆さん、本日はこのような祝いの場を設けていただき、大変ありがとうございます」


 そろそろお開きにしようか、と皆が言い始めたとき、カタギリさんはそう切り出した。


「私はこれからしばらくこちらへお世話になります。つきましては、どうぞ遠慮無くカレンとお呼びください」


 その言葉に家族から了承と歓迎の声が上がる。微妙に家族とはズレている状態だが、ニアリーイコールで家族と言って過言ではないだろう。


「それで、リケさんはエイゾウさんをどのように呼んでらっしゃるんですか?」

「私は“親方”ですね」

「なるほど……」


 おとがいに手を当てて、考え込むカレン。“親方”呼びのこそばゆい感じにもようやく慣れてきた――現実としてどうなのかはともかく、そう呼ばれることが日常になってきたというだけだが、またぞろ変な呼び方が増えるのでは、と警戒していたら出てきたのが、


「じゃ、私は“師匠”で。先輩たるリケさんと同じ呼び方もなんですから」


 であった。なんだその気の回し方はと思ったのだが、家族、特に当のリケが了承したので、俺としてもやや不承不承ながら頷くよりなかった、というわけだ。


 そんなカレンに俺は改めて説明する。


「まぁ、こんな感じで、この工房では朝の水汲みは俺の仕事だ。クルルやルーシー、今はハヤテもか。彼女たちの散歩と水浴びを兼ねてる面が大きいからな。水が足りなくなったら、表にある井戸の水を使ってくれ。誰かに断る必要はない」

「わかりました、師匠」


 カレンは大きく頷いた。こういうのに慣れていくのは徐々にだな。お互い。水汲みにハヤテがついてきたのは、実は少し驚きだったが、他の2人と同じようにしてやるとご機嫌に「キュイキュイ」と鳴いていたから、多分明日もついてくるだろう。


「そういえば、昨日の今日だし、もう少し起きてくるのが遅いのかと思ったが、起きてくるの早いな」


 俺はカレンにそう言った。ちなみにアンネがまだ起きてきていない。大体俺が水を汲んで戻ってきてから少し後に起きてくるので、いつもどおりと言えばそうなのだが。


「今日から早速作業ということで緊張と興奮でパッと目が冴えてしまいました」

「ふむ」


 まぁ、初日ならそんなもんか。普通に寝ていたアンネが豪胆過ぎるのだろう。皇女様だが、ここまで独力で来られる実力者でもあるからなぁ……。


「いい仕事はいい飯といい睡眠からだ。美味い飯の方は俺がなんとか出来るとして、ぐっすり眠るほうは俺がどうしてやることもできないから、そっちは自分で頑張れ……というのもおかしいけど、よく眠るようにな。相談があったら俺とか、リケに聞いてくれ」


 リディが「安眠」の魔法を知ってたりするかも知れんがそこはそれである。とりあえずは自分で眠れる方策を立ててもらうのが先決であろう。


「はい! 師匠!」


 未だ慣れないカレンの返事に、僅かばかりの苦笑をしながら、俺は食事の準備に取り掛かった。


「わぁ、本当に神棚があるんですね」


 食事後、カレンが最初に目をやったのは神棚だった。カミロの店でもマリウスの家でも見たことがない(客に見せないところに小さな祭壇があったりするのかも知れないけど)ので、うちで北方らしいものと言えばこれになるだろう。


「二礼二拍手一礼で」

「わかりました」


 前の世界でも出雲大社では二礼二拍手一礼ではないし、そういう事があれば問題だなと思ったので断りおくと、カレンは素直に頷いて皆と一緒に二礼二拍手一礼をした。北方でも一般(カレンの実家はお武家様なのでやや特殊なのだが)に知られている方法ではあるらしい。

 こうして今日の作業の無事を神様にお祈りをして、我が家の一日が始まった。

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