歓迎会

 重い重い獲物を運んだあと、その獲物を文字通り吊し上げたクルルは、ディアナをはじめとする家族みんなに大層労われ、機嫌良くしている。

 この後はいつも「ルーシーと2人で遊んできて良いよ」と声をかける。だが、狼のルーシーはともかく、クルルもみんなが解体しているのを眺めて過ごすことが多い。

 しかし、決して遊ばないわけでもない。解体が終われば普通にルーシーとそこらを駆け回ったりしているからだ。単純に皆がワイワイやってるところを見るのが好きなのだろう、と俺は思っている。


 鹿の解体自体はそれなりの人数でやることもあって素早く終わった。腱や毛皮、角など後から使えそうな素材は倉庫にしまう前に乾燥させておき、すぐに消費しない肉も塩漬けや乾燥に回す。

 一通り終えると、もうすぐ日が暮れ始めるころになった。ディアナ達は今日も稽古をするらしい。カタギリさんはハヤテちゃんと一緒にそれを見学するそうだ。

 俺は晩飯の準備を始めなきゃな。となれば、残った生肉は当然――。


「かんぱーい!」


 家に乾杯の声が響く。ようこそカタギリさんの歓迎会の開始である。


「まぁ、何もない森の中の工房なもんで、大したものは出せませんが」


 俺がそう言うと、ワインを煽ったカタギリさんは、


「いえいえ! とんでもない! こんな豪華な歓待、恐縮ですよ」


 そう言って実際に身を縮こまらせる。今日のメニューはカタギリさんがいることもあって、味噌漬けにした鹿肉を焼いたものと、焼いた鹿肉をうちで採れたニンニクっぽいのと醤油を合わせたタレで味付けしたもの(味付け前の一部はルーシーとハヤテちゃんの腹に収まった)である。あとは無発酵パンといつもの野菜と塩漬け猪肉のスープ。ちょっとだけ手間がかかってはいるが、いつもの食事とそう大差はない。

 ニンニク醤油の方はカタギリさんにも、うちの家族にもなかなか好評だった。俺としてもほんのりと前の世界の味のようなものを感じて、少し心が踊る瞬間だ。


「そう言えば確かに、いろんな方がいますね」


 カタギリさんが言った。歓迎会の途中、皆の自己紹介が終わったあたりで「うちはいろんな種族がいるから」という話になったのだ。虎の獣人、ドワーフにエルフ、巨人族、そしてリザードマンである。

 人間族が俺とディアナ、ヘレンなので元々そうだが人間族とそれ以外、という話になれば人間族のほうが少ないことになる。


「ええ。種族的なことでも、他のことでも何かあったら遠慮なく言ってくださいね。大体のことは解決出来ると思います」


 カタギリさんの言葉に頷いてそう返したのはリケである。面倒見の良さでは我が家の「お姉ちゃん」と言って過言では無くなってきたな……。彼女が色々と気を回してくれるので、俺もついつい頼りがちになるが負担が大きくならないように気をつけよう。


 一番多く話題に上ったのは当然というべきか、カタギリさんの北方での暮らしである。俺があまり話さない――と言うよりは話しようがないのだが――こともあって、衣服や文化について尋ねられていた。

 この世界の北方のうち、カタギリさんが住んでいた地域(正確には北方の“諸国連合”の一邦である)、これはつまり俺が住んでいたことになっている地域でもあるのだが、安土桃山か江戸前期くらいの日本に近しいようである。

 和服のようなものが有り、食事も前の世界にかつてあったようなものが多いらしい。広大な海岸線を有していることもあって漁業が盛んでもあるのだそうだ。刺身は完全に不可能としても、〆鯖のような酢で防腐処理した魚が入手出来ればいいのだがこっちも厳しいだろうな……。魚の“開き”が手に入るようなら頼んでおこう。


「そう言えば、服はこちら南方のものなんですね」

「ええ。こちらへ来るのに、あの服では目立ってしまいそうでしたので」


 俺が言うと、カタギリさんは「貴方もでしょう?」と言わんばかりに見返してくる。俺の場合は端っからここだったので、着替えるも何も無かったわけだが、それを言っても仕方がないので「ええ、まぁ」と曖昧に頷いておく。

 カタギリさんの服はうちでいえばヘレンの服に一番近い。上は緑のシャツ、下はショートパンツだ。どこをどう見ても北方の服ではない。


「うちの場合どのみち目立つから、あまり気にしないでいいですよ」


 ワインの杯を干してディアナが言った。彼女が指しているのはさっき話題になった種族のことだろう。他はともかく、エルフまでいるのだ。どこへ行こうと目立つことは避けられない。

 俺がそんな事を言うと、ヘレンが奇妙な顔をしてから吹き出し、その笑いが家族に伝播していく。俺が困惑していると、リディが静かに言った。


「全員が人間族でも、男1人なのは結局目立つと思います」

「ああ……」


 俺はうなだれた後、胸に湧いた奇妙な納得感を珍しく火酒で流し込むのだった。


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