伝書竜

 鬱蒼とした森の中に木漏れ日が差し、涼やかな風が通り抜けていく。茂みを走って行くのは狼だろうか、猪だろうか。木々の隙間から見える遠くでは、鹿が木の芽らしきものを食んでいる。

 木々の枝には鳥やリスが留まっていて、鳥は時折歌うようにさえずっている。

 俺たちにとっては“いつも”の風景。街道よりもよっぽど安全だと思える、この“黒の森”も、1人にとってはまだそうではない。


 その1人、カタギリさんにとって、ここは獣人族以外の手の入らぬ魔境なのである。ただ、その肩に留まっている小竜2匹はのんびり欠伸をキメておられるので、彼女(聞いたところ、2匹とも雌なのだそうだ)達にとっては、俺たち同様さほど恐ろしい場所ではないらしい。


「慣れればこの風景ものんびりしたものに感じられるようになりますよ」

「え、ええ……」


 俺が声をかけるとカタギリさんはぎこちなく微笑んだ。リケやディアナが馴染むのが早かっただけで、こういう反応が普通なんだろうな。


「まぁ、アタシたちといれば危ないことは何にも無いし、気楽に気楽に」


 カタギリさんの様子を気にしたのか、珍しく(と言っては失礼だろうが)サーミャがニッコリ笑って言った。実際「黒の森の最強戦力」でもあるわけだしなぁ……。

 それを知っているわけでもないだろうが、カタギリさんの表情がやや和らいだ。

 そこへ追い打ちとばかりに、ルーシーが膝に乗ってカタギリさんの顔をペロペロやる。


「きゃっ!? こら、くすぐったい! アハハハ」


 ルーシーの攻勢にカタギリさんの緊張はすっかりほぐれてしまい、家に着く頃には辺りをのんびり見回すくらいにはなっていた。


 家に到着したら、荷物を下ろすのだが、リディにカタギリさんを任せて、俺たちだけで荷物を下ろしていく。今回は種などの植物系の品は入ってないし、問題ないだろう。

 手分けすれば倉庫や家に荷物を運び入れる作業はあっという間に終わる。そして、普段であればこの後はそれぞれ自由時間だが、今日はもう一仕事あるのだ。


「別に俺たちは残ってても良いんだけど、ちょうど良い機会だしカタギリさんにも一緒に来てもらうか……」


 昨日仕留めた獲物の回収と解体である。十分な人数もいるし、手伝う機会もそう多くはないだろうが、いざ手伝ってもらいたいときに全くの未経験であるよりは、一度でも見るなり体験するなりしておいてもらった方がスムーズだろう。

 荷物を客間――物置の隣の予備だったほうなので、今後しばらくはカタギリさんの部屋――に入れたカタギリさんにその旨話してみると「是非」とのことであった。


 家の外に再び集合する。カタギリさんの肩には小竜2匹が相変わらず留まっていたが、「出かける前に」と彼女は片方に話しかけた。


「それじゃあ、あっちでもよろしくね、アラシ」


 それを聞いた小竜は「キュー」と一声鳴いて、もの凄い速度で飛び去っていく。サーミャが放つ矢もかくやと言わんばかりの速度だ。


「アラシとハヤテはこの場所とあの店を覚えましたから、これでいつでも往復できます」

「その時に文書を持たせるわけですね」

「そうですね」


 伝書鳩ならぬ伝書竜と言うわけだ。通常、伝書鳩は猛禽に襲われるなどの事態を想定して、それなりの数を同時に放つらしいのだが、鳩より更に賢く強い竜であれば1人でも十分任に耐えるのだろう。

 さっきの速度で文書を運ぶとしたら、かなり早く届くんじゃなかろうか。小さな郵便配達員さんはかなり優秀らしい。


「アラシちゃんとハヤテちゃんで、さっきのがアラシちゃんということは、こっちに残ったこの子がハヤテちゃんですか」

「ええ」


 カタギリさんがハヤテの頭を撫でると、ハヤテは気持ちよさそうに目を細めた。


「よろしくな、ハヤテちゃん」


 俺がハヤテに目の高さを合わせて言うと、ハヤテは「キュッ」と短く鳴いた。威嚇や攻撃の素振りは見せてないようなので、これは返事してくれたと思っていいのだろう。


「可愛い家族がまた増えるわけだ」

「あら、じゃあ私もあいさつしないとね」


 可愛いものには目がないうちのママディアナが、カタギリさんに断ってから頭を撫でて「よろしくね」と挨拶すると、クルルとルーシーも含めた家族みんなが我も我もと挨拶しはじめ、獲物回収前のプチ歓迎会はしばらく続いたのだった。

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