三文字

 納品に行く2日前、一通りの納品物が出揃った。つまり、明日は再び自由ということになる。とは言うものの、だ。


「湯殿を作るには微妙だな」


 朝、クルルとルーシーを拭いてやりながら、俺は呟いた。湯殿はいずれ1日では完成しないので、明日進められるところまで進めてもいいっちゃいいのだが、その後納品で1日空いてしまうし、その後また1週間程度は作業に入れることを考えれば明日急いでやる必要もあんまりないのではと考えると……。


「伝言板を作るか……」


 と言っても、黒板そのものを作る……というのはなぁ。黒板とチョークって、確か前の世界でもかなり時代が進んでから出てきたものだった記憶があるし。

 移動式のホワイトボードのような形状で、白板部分を黒くした鋼にして、石筆を使う、黒板もどきにするか。雨があまり当たらないようひさしを作るし、そもそも水濡れには強いから十分に用をなしてくれるだろう。こすれば消えるのもいい。少し文字が薄くなるかもしれないが、読み書きするには十分なはずだ。

 凝ったものでなければ今日一日で作れそうだし。納品物のマーキングに必要になるかもと思って、石筆もカミロのところから何本か仕入れてある。納品がそんなに多くないので、今のところあまり役に立っていなかったのだが、これで役に立つ日が来たな……。


 朝のルーティーンを一通りこなし、俺とリケは他の皆を送り出す。今日は狩りに行ってくるらしい。このところ遠くには行ってなかったから、息抜きにも丁度いいだろう。


「いってらっしゃい。気をつけてな」

「おー」


 そう言ってブンブンと大きく手を振るサーミャと他の家族、そして、その周りを「わんわん!」と吠えながら走り回るルーシーの姿が森の中に消えていくのを、俺とリケも手を振りながら見送った。


「さてさて。作業としてはつまらんかも知れないが、いっちょはじめるか」

「はい!親方」


 やたら気合の入っているリケと一緒に鍛冶場に戻った俺は、炉に火を入れて鉄を沸かす。その間に、いつもは剣をつくるときに使っている砂で、木の板を雄型にして砂型を作っていく。

 剣を砂型でやらないのは量産性の問題だが、今回は完全ワンオフだし、表面がざらついてくれている方が目的に合うからな。

 砂型に詰めた砂を木の棒で突き固める。筋力の増強された俺とドワーフのリケの2人がかりでやっていくと、かなりガチガチに固まってくれた。半分で割って木の板を取り出し、湯口になるところに刺してあった木の棒を抜いて戻せば砂型の完成だ。


 そうやって出来た砂型に、炉で温度が上がって流し込めるまでになった鋼を流し込んでいく。真っ赤な、どろりとした液体を飲み干すように砂型は溶けた鋼をその中に取り込んでいく。

 やがて、湯口のところまで鋼が上がってきたので、そこで注ぐのを止めた。あたりはもうもうと湯気が立ち、湿気も気温も上がっていて、俺とリケは汗だくになる。

 作った鉄板が冷えるまでの間、俺とリケは飛び出すように鍛冶場を出て避難する。


「いつも暑い暑いと思ってたが、大きさが違うからか今日はひときわ暑かったな」

「そうですねぇ。それにしてもお見事でした」

「まだ流しただけだけどな」

「もうその時点で半分以上決まりますからね」

「まぁ、それはそうだが」


 それもチートで加減を調整しているだけなので、ちょっと気がひけるところである。いつかは自分で見極めがつくようになるのだろうか。そこは俺もリケと変わらず修業が必要なところだな……。


 しばらく涼んだ後、出来上がった鉄板のバリ取りは簡単に済ませ、板を加熱して黒くする。ヘレンの胸甲を青くしたときと要領的には近い。そうして黒っぽい鉄板が出来上がると、それを持って外へ出る。

 転がしてあった丸太のうち、大きめのものを適当な長さで切り、鉄板の厚みの溝をノコギリを駆使して入れたものを2つ作る。これが土台だ。並べた土台に鉄板を差し込めば、伝言板としては用をなすようになった。

 だが、このままでは雨が降った時に濡れ放題の錆び放題になりかねないので、


「あとは庇か」

「そうですね。枝を持ってきます」

「ああ」


 長めの枝に土台と同じような溝をつけ、鉄板の上に嵌める。その枝に庇になる板を釘で打ち付ければ……。


「出来ましたね!」


 リケがパチパチと拍手をした。出来上がってみると、前の世界で山道にある案内板のような佇まいである。あのコンクリートでニセ木の枝になってるアレだ。違うのは案内板のところに何も描かれておらず、黒い鉄板が佇んでいるということだ。


 その完成した伝言板に、倉庫から持ってきた石筆で試しに三文字書いてみた。


「よし、ちゃんと読めるな」

「これはなんて書いてあるんです?」

「うーん、秘密の文字かな……」

「へぇ。そういうのも知ってるんですね、親方」

「いや、うん、まぁ、そうだな」


 黒い鉄板に、前の世界のアルファベットの最後三文字。俺は自分自身に苦笑して、それをこすって消すと「今日は伝言ありません」と、この世界の言葉で書き記した。


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