訪問者

 狩りに出かけた皆が戻ってくるまでには多少時間がありそうだったので、転がっていた木材の切れ端にナイフで工房のマークを入れ、伝言板に取り付けた。

 しかしこれ、事情を知らない人が見たら誰に当てる伝言なのかさっぱり分からないだろうな……。


「そう言えば、うちには看板がなかったなぁ」


 できあがった伝言板を見て、俺は呟いた。まぁ、作ったところで見る人間はごく限られるのだが。


「リケの実家はどうだったんだ?」

「うちですか? 一応つけてましたよ。金槌と金床に“モリッツ”とだけ入ってるシンプルなやつでしたけど」

「へえ、そういう決まりとか?」

「いえ、つけないところもありますしね。うちの場合は初代が作ってそのままらしいです」

「なるほど」


 苦笑するリケに、俺は笑って返す。初代もきっと気まぐれで作ってそのままなんだろうな。


「そのうち、うちのマークを入れた看板でも作るか。誰見るものでもないだろうけどな」

「初代は責任重大ですよ?」


 リケはそう言ってクスクス笑う。俺も「そうだな」と言って笑い、2人で家に戻った。


 翌日、今日は納品の日だ。別にカミロの店にいつ行くとは言ってないし、手分けすれば回収も解体もすぐに済む(クルルのおかげが大であることは言うまでもない)ので、昨日仕留めた獲物の回収を先にすればと提案したが、帰ってからにするらしい。

 皆でお出かけとは言うものの、行程の大半はクルルの牽く荷車に乗ってるだけだし、大丈夫か。回収するまでに食われてなきゃ良いが。


「そりゃそん時だ。朝イチに行っても食われてるときはあったし」


 荷物を荷車に積み込みながら、俺が懸念を伝えると、同じく荷物を荷車にどさりと置いたサーミャが事も無げにそう言った。彼女がうちで暮らすようになってからはそう言う話を聞いたことがない。湖のそれなりに深いところに沈めているから、臭いもしにくくなるし、物理的にも滅多なことでは奪われないのだろうが、幸運も手伝っていたんだろうな。

 まぁ狩り1回分の肉が消えたとて、うちの食料庫にはまだ十分な量がある。それに収穫した野菜もあるし、早々に飢えることはない。


「じゃあ、行くか」

「クルルルルル」


 俺の声でクルルが声高く鳴き、荷車はゆっくりと森の中を進んでいった。

 森でも街道でも、渡る風にはもう夏の気配はなく、秋の匂いが乗ってきている。ここらの秋はどんなものなのだろう。周囲に目を配ることを続けながら、俺はそんなことを思う。

 ふと、ディアナの膝の上に乗っているルーシーが目に入る。毎日見ているとやや実感がないが、こうやって見ると確実だ。


「ルーシー、大きくなったな」

「そうなのよ」


 その膝の上のルーシーを撫でながら、ディアナは言った。保護した頃はディアナの膝の上でもちょこん、と言った感じだったが、今はどでーんと鎮座ましましている。

 そろそろ膝の上は卒業して、床で丸くなるのかも知れない。ママにとっては寂しいだろうが、それも成長だからなぁ。

 顔もやや凛々しくなってきた。それでも可愛らしさを強く感じるのは、まだルーシーが幼いからか、それも親バカか。


「どっちもか」


 俺はそうひとりごちて、風で揺れる草原に目を戻した。


 いつものとおりに街に着き、衛兵さんに軽く手を上げて挨拶をして、露天のオッさんを和ませながらカミロの店に着く。

 裏手にクルルとルーシーを連れて行くと、これもいつものように丁稚さんがすっ飛んできた。今日はどこかへ片付けたのか、それとも売っぱらったのか、木の板でできたあの日陰はない。これからの季節には不要そうだからなぁ。


「いつもありがとうな」


 と、俺は丁稚さんの頭に手を伸ばす。俺は違和感に気がついた。


「ちょっと大きくなったか?」

「え? そうですか? えへへ」


 嬉しそうにはにかむ丁稚さん。この子もどんどん成長しているんだなぁ。ガシガシと頭をなでて「それじゃ頼むな」と言った俺に「任せてください!」と胸を張る彼を残して、俺達は商談室へ向かった。


 その後、カミロと番頭さんを交えた納品の話は恙無く終わった。その後は2週間に1度、俺と家族がその情報を仕入れられる、貴重な“カミロニュース”の時間……だが、今日はその前にやっておくことがある。

 さて、それではとなったところで、俺は話を切り出した。


「そうそう、連絡手段を確立しておこうと思うんだが」

「連絡手段ねぇ」


 口ひげをいじりながらそう言ったカミロに、俺は頷く。


「2週間に1回のこの機会でも良いんだけど、それよりも早めたい緊急の場合ってあるだろ? まぁ、お前も俺の工房の場所は知ってるし、依頼でなけりゃ複数人で来ても良いからなんとか出来るかも知れないが、やり取りする手段はあったほうがいいと思ってな」

「ふむ……」


 この話はカミロにとってもメリットがある。即座に乗ってくるだろうと思っていたが、どうにも若干渋っているような、そうでないような……。


「ぶふっ」


 真面目くさった顔をして思案していたカミロだが、唐突に吹き出し、笑い始めた。当然俺たちはキョトンとしてしまう。


「わはははははは! いや、悪い悪い。ちょうどこっちもその辺を考えててな。あんまり渡りに船すぎて、思わずもったいぶっちまった」


 豪快に笑いながらカミロは言った。彼のちょっとした悪戯心、というわけだ。俺はわざとらしくむくれて見せる。


「まったく、お前といいマリウスといい……」

「わはは、許せ許せ」


 うちの家族にも“悪ガキ三人組”と見られるのは、この悪戯心が抑えられないのもあるんだろうな。ディアナに言わせれば「似た者同士」でもあるんだろうが。


「それで、どうする? こっちとしては森の入口に文箱を用意しようかと思ってたんだが」

「それも悪くないが、お前達にも回収の手間があるだろ。もっと良いものを用意してある。ま、ちょっとした条件付きだが」

「条件?」

「すぐに分かるよ。ちょっと待ってろ」


 そう言うとカミロは一旦商談室を出た。


「なんだろうな」

「ロクでもない話だったら、断ったほうが良いんじゃない?」


 眉をひそめたのはアンネである。


「まぁ、連絡手段と引き換えってことっぽいし、よっぽどでなけりゃいいだろ」

「エイゾウが良いなら良いけど、明らかに悪い話だったら口を挟むわよ」

「そこはそうしてくれ」


 俺は苦笑しながらアンネに言った。立場上、帝国第七皇女のお言葉であればカミロも聞かないわけにいかないだろうし。


 やがて、ガチャリと扉が開いた。入ってきたのはカミロだけではない。その後ろに女性がついてきている。

 彼女の肩には左右それぞれ小さなドラゴン――四脚ではなく、前脚にあたる部分が翼になっていて、鳥のようでもある――が乗っている。

 それも目をひく部分ではあるが、彼女には爬虫類のような尻尾がついている。そしておそらく全身を覆っているのであろう鱗。顔はほぼ人間のようだが、ところどころに鱗があった。

 いわゆるところのリザードマン、あるいはドラゴニュートと呼ばれる種族の女性だ。

 少しあっけにとられていると、カミロが言った。


「こちらがお前をたずねてきてな」


 カミロの言葉で、女性はスッ……とお辞儀をした。


「はじめまして、私はカレン・カタギリと申します。


 そう言って頭を上げた彼女の縦長の瞳孔をもった瞳がスッと細められる。それが笑顔なのか、それとも別の意味を持つのか、俺にはすぐに分からなかった。

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