伝言板
「なるほど、確かにそっちのほうがいいかもですね」
俺たちと一緒に夕食をとった後、小さな口でお茶を一口飲んで、ジゼルさんは言った。俺が「定期的な連絡手段があった方がいいのではないか」と持ちかけたことに対する返答である。
今回の問題は「ジゼルさん側にはあんまりメリットがない」ことなのだ。いくらかの例外はあるにせよ、俺たちはここから動かない。ジゼルさんが連絡を取りたければ、こちらに来ればそれで用が足りてしまう。
それを越えてこちらのメリットのために協力してくれるかどうか、である。幸い今回は
「まぁ、普通の人間相手なら定期的に連絡を取れる手段の確保、なんてしないんですが、エイゾウさん達ですからね」
ふにゃり、と微笑むジゼルさん。ヘレンがプルプル肩を震わせているのは何かを我慢しているのだろうが、そこは見ぬ振りをしてやるのが武士の情けだろう。
「ありがとうございます」
「いえいえー」
俺が頭を下げると、ジゼルさんは手を振った。
「それで方法なんですけど、どうしましょう。定期的に見たりする場所ってあります?」
「そうですねぇ」
ジゼルさんは小さなおとがいに指を当てる。今度はリディがプルプルしていた。うちの家族は可愛いもの好きが多いのだ。
「私たちは定期的に森の中の巡回もしてます。魔力の澱んでいる場所がないかを実際に見てチェックするためですが、そのついでにここに立ち寄るのも含めましょうか」
「ここってちょっと外れた場所だと思うんですけど、いいんですか?」
「ええ。そんなに時間も変わらないですし、病を考えれば、この場所を知ることは我々にもメリットがありますからね」
「ああ、なるほど」
妖精族は身体のほとんどが魔力でできているが、その魔力が減少していく病気があり、その時はこの工房に来て、俺が作る魔力の結晶で減った魔力を補って治療する必要がある。
なので、どの妖精族の人でもこの工房の場所がわかる、というのは結構なメリットだろう。
「じゃあ、伝言板みたいなものを用意しておきますね」
「はい。こちらから何かあるときも、そこに伝言を残しておきます」
「どれくらいの頻度で来ます?」
「そうですねぇ。2~3日に1回くらいだと思います」
「わかりました」
俺は指を差し出す。ジゼルさんはそれを手で握って上下に振った。手の大きさが違うが握手である。これで“黒の森”で連絡を取るべき相手への手段は確立できた。
とは言え、活用される機会はあまりないに越したことはなさそうなので、その辺は“森の主”たるリュイサさんに頑張ってもらうとしよう。
その後は森の中の話を聞いた。最近は魔力の澱みも少なく、迷い人も余りいないそうで平和そのものと言うことだった。澱んだ魔力は
まれに迷い込んでくる人間もいるにはいるのだが、大抵森の辺縁地域で見つけているため、「内緒の方法」で外に誘導しているらしい。この工房に辿り着いてしまいそうな人間は1人もいなかった、ともジゼルさんは付け足していた。
まぁ、かなり分け入ったところにある上、“人除け”の魔法までかかっていたら、そうそう辿り着くものでもあるまい。
「それじゃあ、また」
「はい。何かあったらよろしくお願いしますね」
「ええ、もちろん」
そろそろ寝るか、となった頃、ジゼルさんは帰っていった。泊まっていけばいいのに、と言ったのだが用事があるそうだ。呼びつけてしまってちょっと悪かったかな。
ふよふよと浮かんで森の中へと消えるように去って行くジゼルさんを見ながら、俺はどんな伝言板を作ろうかなと、気が逸るのだった。
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