魔力泉

「魔力が……?」

「ええ」


 リディは頷いた。掬った湯が手のひらから少しずつ零れ落ちる。キラキラと輝いているが、これは陽光を映して煌めいているだけではなく、魔力を含んでいるからなのか。


「魔宝石ほどではないですが、かなりの濃度ですね」

「魔力泉、とでも言えばいいのか」

「他に何が入ってるかは分かりませんが、一番含まれているものという意味ならそうなりますね」

「なるほどなぁ」


 俺は顎に手を当てた。魔法石ほどではないということは、妖精族の病気の治療には直接は使えない、ということだ。だが治療後の湯治には十分そうには思える。今度ジゼルさんが来たら話してみよう。

 よくよく考えれば、“大地の竜”のある意味お膝元であるがゆえに、この“黒の森”の魔力濃度は高いのだ。これも多分“大地の竜”の影響ということなのだろう。この森の動物たちはもちろん、獣人たちや妖精たちが岩盤の下まで掘ってみよう! とは思わないだろうから、今までこういう状態であることが知られずにいたのだ。

 どこかに自然と湧出している場所があるのかも知れないが、そこは広大な“黒の森”である。それを見つけた者も多くはないだろうし、見つけたとして魔力が多いことまで察知できるかどうかはまた別問題だからな。

 そこで俺はふと気がついて、顎から手を離す。


「ん? じゃあ、ここと向こうで湯の温度があまり変わらないのも?」

「おそらくは魔力が原因でしょうね」

「ずっと温度が下がらないのも困ると言えば困るんだがな……」


 排水を考えたらそれなりの間、温かいのはまぁ許容範囲と言えるだろうが、ずっとその温度が保たれていずれ川へ、とかになったらまずかろう。


「さすがにそれはなさそうですよ。魔力も徐々に抜けてはいきますし、温度もずっと維持されるわけではないと思います」

「ここに溜まった湯で魔物が生まれたりは?」


 再び湯を掬ったリディに、俺は尋ねた。リディは手のひらの湯をじっと見つめながら答える。


「はっきりしたことは分からないですが、それもなさそうです。魔力が水の中の移動しているようなので」

「ふむ」


 ここにリヴァイアサンが誕生しそうだってなことになったら、今から急いで全て埋戻しせねばならんが、その心配もない、と思って良いのかなこれは。

 水棲の魔物自体はどうもいるらしい――らしい、と言うのは話をしてくれたヘレンも伝聞でしか知らなかったからだ――のだけど、ここの状態とそこは違うのだろうか。はたまた魔物だと思っているだけで、そういう生物なのかも知れない。


「とりあえず、この温度が維持されて、なおかつ魔物が湧かないってことなら、このまま温泉にしちまえばいいか」

「ええ、そうですね」


 魔力濃度の高いこの湯は他にも使いみちがたくさんあるのだろうが、それを探るのは後回しにし、まず櫓が取り払われた湧出口の周りを板と土、杭を使って囲う。

 幸い何十メートルも噴き上がっているわけではないので、なんとか作業を進めることができる。櫓を片したクルルとサーミャ、そしてヘレンとアンネとともにミニ井戸のようなものを作った。

 湧出量が結構あるので作る先から溢れているが、そこに蓋をして更に上から土をかぶせた。すると、圧力に負けて多少漏れてはいるものの、なんとかこらえてくれているようである。まぁ、ダダ漏れにならなければとりあえずはよしとしよう。

 僅かばかり溜まっていた湯も周囲の土に吸収されたらしく、その量を減らしているので、明日からはまた別の作業だな。ふと顔を上げれば切り取られた空はすでに橙色になっている。結構時間食ったな。


「よーし、今日はこれでおしまい。もしここがめちゃめちゃになってたらその時考えよう!」


 そう俺が宣言すると、賛成の声が夕暮れの森の中に響いていった。

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