温泉

 とりあえず、喜んでばかりもいられない。クルルとサーミャ、そしてヘレンとアンネに“岩砕き”の回収を指示して、木の板と杭、槌を手に穴の底へ向かう。

 湯が噴出はしたが、どうやら“岩砕き”が噴き出すところをせき止めていて圧力が増し、派手に噴出したようで、クルルたちが引っ張って“岩砕き”が完全に抜けた今はそこまで派手に噴出もせず、滾々と湧き出す泉のよう(いや、温“泉”なのだから泉なのだが)に、湧いてきている。


 穴の底にはわずかばかり湯が溜まっていた。一瞬手を浸けてみるが、熱さは感じない。では、とゆっくり触ってみたが、やはり熱いというよりは温かい。心地よい温かさで、この温度ならそのまま浸かれそうだ。湧出口から離れているから、かなり温度が下がっているのだろうか。

 もし、元々の湯温が低いのだとしたら、入浴には湯沸かしが必要かも知れないなぁ。まぁ別に源泉100パーセントかけ流しにこだわっているわけではないので、いいっちゃいいのだが。

 靴を脱いで入っても大丈夫そうではあるのだが、足の裏をケガするのは避けたい。少し逡巡していると、パチャリと音がした。

 見るとルーシーがいち早く入って、まだ水位の低い穴の底を走り回っている。たぶん本人的には湖に行っている時と同じような感覚なのだろう。……今ゴロゴロをしてディアナが慌てて駆け寄っているし。いや、もう間に合わんと思うのだが。


 それはともかく、2人の様子を見れば一目瞭然なのだが、大丈夫そうなので俺も靴のまま穴の底に入る。今日は別にここで湯に浸かろうというわけでもないし。

 ジワリ、と温かい湯が靴の中に入ってくる。ちょうど心地よいくらいなのだが、とすればやはり源泉はここより少し温度が高いくらいだろうか。

 ひとまずその確認をするため、俺は湧出口に近づく。


 少しずつ少しずつ近寄るのだが、慣れてしまっているのか靴の加減か、熱さが一向に足を襲ってこない。手を浸しても温かいままである。

 ままよ、と一気に近寄り、もうほぼ湧出口のところまで来たが、勢いはともかく温度の方は大したことがない。

 何かの成分で保温効果が高いとかだろうか。パシャパシャとルーシーとリケ、ディアナとリディも近づいてきた。


「普通、こういうのって湧いてるところが1番温度が高いと思うんだが」

「そうですね」


 リケが頷いた。彼女の地元の温泉でもそうだったのだろう。とすると概ね俺の認識はここでも通用する……はずなのだが。


「でも、普通に温かいわよ?」

「わん!」


 キョトンとした顔のディアナに、胸を張って一声吠えるルーシー。


「うーん、向こうとあんまり温度が変わらない気がするんだよな」


 鍛冶のチートが使えれば概ねどれくらいの温度か、少なくとも相対的な温度はわかるのだが、残念ながらここで鍛冶のチートが働くことはないだろう。

 リディはというと、俺の言葉を聞いて足元からひと掬い、湯を掬ってまじまじと見始める。


「これは……やっぱり……」

「なんか分かったのか?」

「ええ」


 リディは強く頷く。目は真剣だ。


「やはり“黒の森”と言うべきでしょうか。それともあの方が教えたところだからかも知れませんが」


 俺は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。何かとんでもない状態なのだろうか、この湯は。もし不老不死になれるとかだったら、葉っぱと踵には気を付けないといけなくなる。

 リディはそっと言葉を続ける。


「この湯の魔力濃度は桁違いに高いです」

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