それから数日が過ぎた昼下がり。井戸を掘ったときのように板壁に囲まれたかなり深い穴が出来上がっていた。一箇所だけはスロープにしていて、穴の底に降りられるようになっている。

 ドンドンと源泉に近づいている……はずなのだが、水も出ないとなると、


「ここで合ってるのかな……」


 ポツリとアンネが呟いた。まぁ、こう言う不安も出てくるよな。俺もそう思う。


「地図だとどう考えてもここなんですよね」


 リケが板壁に貼られた地図を見る。汚損や紛失を避けるため、家と温泉の辺りだけを新しく複製したものであるが、どういう判定によるものなのか、恐らくは生産のチートのおかげでかなり精確に写し取れている品である。


「まさか、とんでもなく深く掘らなきゃいけないとかかな」


 ショベルに山盛りになった土を後ろに放り投げて、ヘレンが俺に尋ねる。


「とんでもなくって、どれくらいなんだ?」

「山ができるくらい」


 俺がそう返すと、ヘレンは「うへぇ」と舌を出した。


 前の世界、東京あたりでは1000か1500メートルも掘れば大概のところで温泉が湧く……そうだ。真偽の程はもう確かめようがないが。

 ともかく、ここの温泉がそれと同じだとしたら、1000メートルは掘り下げないといけないことになる。

 ボーリングならともかく、露天掘りでそれをすると、つまりは1000メートル積み上がるだけの残土が出るわけで、そんな標高にはならないとは言え、山一つを人力のみ(竜力と狼力もあるが)で作り出すという話になってくる。それは無茶だな。

 ジゼルさん経由ででも、リュイサさんに詳しい位置を再確認するべきだろうか。いや、そもそも2人に連絡を取る方法が分からんな。気忙しくないのがこっちの良いところではあるが、緊急時にカミロやマリウス、そしてジゼルさんには連絡を取る手段が何か欲しいところだな……。


「まぁ、今日明日でもう少し掘ってみよう。ダメだったら一旦中止して場所の確認からになるけど」


 俺がそう言うと、3人から了解の声が返ってくる。あまり元気がない感じなのは致し方ないだろう。


 ザクザクと更に掘り続けて翌日。深さ的には結構なところまで来た。井戸よりも深くなってきている。今のところ息が苦しいとかそういったこともないが、そろそろ気をつけないといけないかも知れない。


 それよりも、まだ進展が見えてこない。延々と土を掘り、それがクルル達によって運び出されていく。

 あの土も埋め戻しをした残りをどうするか考えないといかんな。

 そう考えたのは半分は現実逃避のためだったが、


「おっ」


 土を放り投げ、次の土を掘り出そうとしていたヘレンがそう声を上げた。


「どうした?」

「見てくれよ」


 土を掘っていた3人がヘレンのところに集まる。ヘレンはショベルでかき分けるように土を除けた。

 そこには石……大きさから言えばこれは岩だろうか。いや、ヘレンが掘っていたここだけ少し作業が進んでいた。と言うことは。


 ヘレン以外の3人はバッと散って土を掘る。さっきまでの緩慢な動きではない。ルーシーが「ほりほり」をするかのような勢いだ。

 すぐに俺のショベルにもガツッと硬いものが当たる感触が伝わってきた。顔を上げると、リケもアンネも同じように顔を上げている。


「そっちもか?」


 俺が言うと、2人は頷いた。石ならかなり出てきたし、岩と言っていいんじゃなかろうかと思う大きさのものもあった(そしてクルルが喜び勇んで運び去った)のだが、流石にこの穴の底と言って良いような大きさのものはない。

 つまりこれはおそらく――。


「岩盤だ。ここを突き抜ければ多分出るんだろう」


 俺がそう言うと、3人からワッと歓声が上がる。なんだなんだと寄ってきたサーミャやディアナ、リディ、そしてクルルとルーシーにも「もう少しで到達できそうだ」と伝えると、彼女たちも喜んだ。


 さて、となると差し当たっては、


「岩盤を砕くものが必要だな」


 俺がそう言うと、一瞬シン、と静まり返る。


「作るぞ」


 その言葉に、リケが1番だが家族みんな再びワッと歓声を上げるのだった。


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5/8に発売された書籍版4巻ですが、早くも重版が決定いたしました。これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。

3巻の再重版も決定しておりますが、売り切れもあるようですので、見かけられましたらお早めにどうぞ。

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